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モブの恋  作者: 相川イナホ
旧ソルドレイン領にて
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摘発

ソルドレイン元領事館の執務室で、現在の統治者であるレーフェン・アマゾンは、腹心の部下であるペンネとパスタと共にその報告を聞いた。


 「他にジェイ・パットン殿のような症状の出た方はおりません」


 あがってきた報告に、安著のため息をつく。


 市での襲撃そのものは「どんな事態が起こっても不思議ではない」と予測していたため被害は最小限にすんだ。


 この中央からきた王族ととりまきの騎士達は、自分達の事を客観視することが苦手らしい。

 危機意識の少ない彼らに、冒険者を護衛につけて正解だった。


 避けられた戦争と、そのタイミングで起こった「魔の森の氾濫」は様々な悲劇を産みだし、その怒りの矛先は、その悲劇の元となった当事者へと容易く向かわせる。


 そんな事は少し考える頭があれば分かりそうな物なのに。


 逆に、そういう「考えられる頭」を持ち合わせていなかったから、ああいった失態を引き起こせたのだろう。

 「国」を第一に考えなければならない立場の人間が、自らの恋愛を第一に据え、国内を混乱に貶めたのだから。


 レーフェンは、執務机の鍵つきの引き出しから、一枚の紙を取り出した。

 秀麗な眉がかすかにひそめられている。


 「殿下と間違えたのだろう」


 フリードはライオネル第二王子と同じ色の色彩をもっている。

 年齢も近いし、背格好も似ている。


 「ララリィ様のあの髪の色も、目立ちますからね」


 青や赤、黄色や緑というファンタジー世界の髪色の中でも、ララリィ嬢のようなピンクの髪色はいない訳ではないが、割合が少ない。

 いくら平民の服を纏っていたからといえども、狙い定めていた者からは、あの色の組み合わせが、誰なのか丸わかりといえる。


 「『治癒魔法をかけると悪化』という珍しい特性の毒が使われた理由は…間違いなく殿下にダメージを与えるように選ばれたものでしょうな」


 ララリィ嬢が治癒に特化した能力を持っている事はひろく知られている。


 巷では、「男を垂らしこむ能力と治癒能力だけは高い」

 と悪口で言われているらしいが。


 怪我をした王子にララリィ嬢が得意の治癒魔法をかけ、症状が悪化、という筋書きを狙ったものだろう。

 その狙いに、深い悪意を感じる。


 「私に対する宣戦布告の意味もあるのだろうな」


 レーフェンの眉間の縦皺が深くなる。


 不穏分子はどんな時代でも存在するもの。


 レーフェンは「人族優位」な政策を「共に繁栄」路線に替えていた。

 そこには当然、今まで「甘い蜜」を吸っていた既存勢力からの反発が生まれる。


 かつて王家直轄地、ソルドレイン領であった頃の負の遺産とでも言うべき者達が今回の襲撃にからんでいた。

 毒物の出どころと、それを扱う暗殺者の出身を手繰りよせたところ疑念は確信となった。


 敵の敵は味方という事であろうか? 彼らは手を組んでいたのだ。


 レーフェンは冷静に事態を把握していた。


 「俺は「姑息にもお館様の足を引っ張りに来た」と考えて部下達に「臨戦態勢」とらせてますよ?」


 パスタは、憤然とした面持ちだ。


 「ここ最近の、王都からの流入者で「人族至上主義」の奴らの動向はすでに探っていますが…資金が潤沢すぎますね。出どころが言わずもがなという」


 ペンネの方がやや冷静で、面白がるような態度だ。


 「支援者からの軍資金で、贅沢三昧していて、さすが屑はどこまでいっても屑って事が嫌な程証明されますね。まぁ派手に豪遊してくれる方が動向を掴みやすいってのと、あっちの工作資金の目減りっていう意味では歓迎ですが」


 支援者からの潤沢な資金で旨い思いをしているのだろう。そうやって放蕩のあげく目的を見失ってくれればいいのだが。


 「お館様人気も、『良くも悪くも絶賛沸騰中』ってとこですね」


 ペンネがおどけて言い、パスタは眉をひそめた。


 「人族至上主義者」がどんな理想を掲げようと知った事ではないが、ここ「敬愛するお館様」のおひざ元で好き勝手をされるのは我慢できない。


 「殲滅命令を」


 パスタが本気顔で敬愛する領主からの命令を待つ。


 「害虫は元から断たなきゃダメってね」


 ペンネも、顔は笑っているが目が剣呑だ。


 「ドブさらいになる。汚い仕事だぞ?」


 レーフェンの言葉に、ニヤリと笑う腹心の部下。



 やるなら徹底的に。


 このアマゾン領主の統治地域で決して好き勝手はできないのだと知らしめる必要があった。二度と、手をだしてこようなどと思われる程度には。


 「領民はわが領の血肉である。それは種族よって差別されるものではない」


 「アマゾン領法度」の中の条文の一部を引用したレーフェンの言葉に、ペンネもパスタも恭しく礼をした。


 「はっ! お言葉のままに」


 レーフェンは手にしていた書類にサインをして印を押すとペンネとパスタに渡した。

 それは今回の襲撃関係者には死刑通告ともいえる命令書だった。


 「よく読めば、王国法でも同じように定められているのだが、やつらの目には形骸化して見えるのだろうな」



 「都合のよいよう自分達流に解釈しているのでしょう。抜け道を使っているうちにそちらが本道と考え違いを起こしているのですから」


 「考え違いは正さなければなりませんね」


 不敵な笑みを浮かべ、ペンネとパスタは主に忠誠の礼を再びとると執務室から出ていった。






 その日、旧ソルドレイン領で奴隷商の大規模な摘発があった。


 多くは禁止されている「攫ってきた奴隷」を扱っていた者達であった。


 彼らの用意していた偽の借金証は没収され、犯罪奴隷や一部の身売りの奴隷以外は皆解放され、没収された奴隷商の財産から見舞金が支給される事になった。


 こんな簡単な事が、今まで何故できなかったかと言うと、今まで全ての人に戸籍がなかったためである。どこの誰という事が証明されず、攫われて来たことが証明できなかったからだ。


 攫われた者の解放方法は、身内なり知り合いがソルドレイン領の司法局まで、証拠を持って村長なりその種族の責任者を伴い、出向いて訴え出なければならなかった。

 そういった者が出る所の多くがその司法局のある場所まで出向くには不便な場所であり、旅費も時間もかかった。


 それに、奴隷狩りをする奴らもバカではない。

 傭兵くずれを雇って、訴えのために出向く者達を待ち伏せして、皆殺しにしたり妨害したりした。


 そうやって苦労して訴え出ることに万が一、成功したとして、ニセモノの借金証書を用意されたり、王都や外国へすでに売り飛ばされていたりして手が届かなくなっていたりする。


 いつの間にか、皆も諦めるようになっていき、子が攫われたら次の子を産むといった風潮になっていたのである。


 現在は、アマゾン領内の者ほぼすべてに戸籍が適用されて名前や性別、年齢、身体的特徴など記載されている。


 それは、あの魔物の氾濫で死んだ者達も例外でなく、共同の墓地にはわかる限りの名前やそれがわからない者については○○の娘とか第一子とか○○村住人などと刻まれた供養塔が立っている。


 魔物氾濫時に故郷を離れていたものが訪れて、その銘の前で偲んだり、冥福を祈ったりできる場所だ。


 つまり、領民のほぼ全てを、領主サイドが把握できているのだ。


 本人確認のスピードは今までと段違いに早い。

 どこの誰かわかれば、誘拐された事もすぐにわかる。


 奴隷商から没収した借金の偽造証書なども酷いものだった。

 犬の獣人の承認欄に猫の獣人の母印が押してあったり、同じ人物の借金の肩代わりで縁もゆかりもない人が何人も売られていたりした。


 被害にあっていたのは獣人達が一番多かったが、エルフやドワーフなどの精霊族や辺境の小さな村にすむ開拓民の人族も多かった。


 「人族至上主義」なるものを掲げていても、実際は欲にまみれたただの卑劣な犯罪集団である事が露呈される事になった。



 何の咎もなく奴隷という身分に陥れられた多くの者達の状態は酷かった。

 無理に服従の魔具を付けられ、待っている家族もなく痛めつけられた事によって心身に傷を負っている。



 胸が悪くなるようないくつもの背徳行為を暴く作業は、気分の良いものではなかったが、アマゾン領の兵士の士気は高く、領主レーフェンへの忠誠心は何よりも高かかった。



 だが、そんな彼らの精神でさえも、抉りこんでくるものがあった。

 『魔物の氾濫』で村や家族をなくし、純粋に復讐のためにララリィ嬢一行に襲いかかるという暴挙に出た一般の領民を含む王国の民だった。


 隠れ家に踏み込むと、そこにいたのは「普通であったはずの人々」だった。




 「王族も貴族も皆呪ってやる!」


 狂笑をあげつつ、自決をする若い娘。


 「敵をうてなんだ」


 子を亡くした老いた親の無念の叫び。


 「わが身は伏しても第二第三の我が必ず無念を晴らすだろう」


 予言めいた言葉で最期の言葉を吐くと毒を含んでいたのだろう、

 苦しみながら息絶えていく壮年の男。




 「利用されていたのも知らずに、憐れな」


 

 主が「汚れ仕事」だと言っていた意味が身にしみる。


 だが、ペンネとパスタは己の信じる信念と揺るがない主への忠誠を胸にぎゅっと

剣を握りしめた。


 「我々はアマゾン領主軍である!抵抗をやめろ。大人しく投降した者には慈悲を与えよう」



 主に捧げたこの剣が、二人の心のよりどころだった。

 

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