襲撃
旧ソルドレイン領は魔物の被害が酷かった場所だ。
加えて、僻地なのだ。
いくら王国直轄地だったとしても、町はとても規模が小さい。
「まぁっ雑貨屋さんだわ」
「美味しそう~」
「これは?魔道具」
元々は庶民の出のはずだが、小さな町の小さな市を散策しているだけなのに
ララリィ嬢は楽しそうだ。
ニコルの手引きで、貴族に反感を持っていない、それなりに旧ソルドレイン領では小奇麗な場所を観光でぶらぶらと歩く。
ガスパが「まさかその恰好で付いてくるつもりじゃないだろうな?」と脅したため、騎士達も普段着に着替えてきた。
そうしているとその辺の町の青年に見える…わけもない。
顔面偏差値が高いのもあるが、身のこなしや目線の鋭さですべてが台無しだ。
騎士服に身をつつんだフリードはどこか『知らない人』のような感じがしていたが、そうして私服に身を包んでいると、あの頃の印象が甦ってくるようだ。
私は胸が苦しくなって、深呼吸を何度かするが痛みは少しも改善されない。
「ねぇ?こちらとこっち、どっちが似合うかしら?」
アクセサリーを扱う露店で、二つのペンダントを手にして、屈託ない笑顔でフリードに語りかけるララリィ嬢。
フリードが顔を近づけ、露店の商品を悩みつつ選んでララリィ嬢に渡す。
それに、件のアレン少年と、美男の侍従が一言何か言い、ララリィ嬢が笑う。
胸がヤスリで削られているかのように痛い。
できるだけ、そちらを見たくはないのだが、護衛対象なので目を離せるわけもなく、チリチリとする胸の痛みに私は顔を顰めた。
「…すまないね。」
急に声をかけられ、驚いて見ると熱血剣士のジェイ・パットンだった。
彼も騎士服を脱いで、深緑のシャツと黒いズボンといった出で立ちだが、腰には剣を下げ、服の中には帷子を装備しているようだ。
「あいつら護衛の仕事って事忘れているんじゃないか」
手を柄の部分にあてている。
彼も気がついたようだ。
さっきっからニコルが誘導したい方向とは逆へ逆へとララリィ嬢は進んでいる。
これ以上進めば市でも端の方へ来てしまう。
どちらかと言えば、まっとうでない商品をやりとりするエリアだ。
ガスパもネリーもすでに準備万端といった体である。
ダンが気配を伺い、ジルベールとピールも油断なく辺りを伺っている。
兄も兄の代理でここを管理しているキャメルもサボっているわけではないが、こういった暗黒部分はどんな町でもあるものだ。
当然、そこに蠢くタチのよろしくない連中の存在もありふれたものかもしれない。
「戻りましょう。そろそろ食事をする場所に向かって移動しないと」
「あら?こういうところで買い食いでもいいのよ?私そういうのに憧れ…」
焦れてニコルがララリィ嬢に進言するのにと、分かっているのかいないのか、無邪気な様子でララリィ嬢が言いかけた時だった。
「危ない!」
フリードがララリィ嬢を庇って覆いかぶさった。
ガラガラガラ…ガン!ゴロン!ガン!
突如としてアクセサリーの露店の傍の店の積まれていた商品が倒れてきて、同時に四方八方から何者かが飛びかかってきた。
「きゃぁっ!」
可愛らしい声でララリィ嬢が悲鳴をあげる。
露店の店の店主は腰が抜けて声もたてられないようで口をただパクパクさせている。
ギン!
剣と剣が打ち合わされ火花が散った。
ジェイと私はお互いに背中合わせになってそれぞれに襲ってきた連中と剣を打ち合わせていた。
視界の端ではネリー達が襲いかかって来た暴徒を投げ飛ばしたり、打ち付けたりしているのが見える。
「…どこの流派?」
ジェイが楽しそうに問いかけてくる。
「我流! しいていえばネリー仕込み!」
「ほう、興味深いな。ところで何人いると思う?」
「さぁ?50は固いかな」
言いながら剣に魔法で電気を通し、次々と来襲者を気絶させていく。
「魔剣か?」
ひゅぅと口笛を鳴らしてジェイは笑った。
「反則だな。それ」
「ひ弱なので、勝つためには仕掛けがいる」
それだけ答えると、目の前の敵に電気ショックを与え、気絶させると右からかってきた相手に腰ベルトから引き抜いたナイフを突き立てた。
肩を貫かれたその覆面の男はうめき声もたてなかったが、一瞬身体を強張らせ、次の瞬間、反撃をしてきた。
「しぶとい!」
「こいつらプロだ」
単なるチンピラではなさそうだった。
覆面の男の反撃を下から振り上げるようにして剣を奮い、いなすと、そこにジェイの追撃が入った。
「どうも」
言えば
「おうよ」
と答えてくれる。
さすが騎士団一の実力の持ち主。剣さばきに無駄がなく美しい。
ララリィ嬢は?と見やれば、フリードが彼女を守って奮戦している。
ただアレンはまったく役にたっていない。
侍従の方はまだマシな腕前だった。
ジルベールとネリーは無双しているが襲撃者の数が減らない。
「くっ!こんなところから!」
ダンが露店の店のテーブルのクロスをめくると、その下には穴が開いており
地下で人が通れるくらいの通路に繋がっている。
どうやら襲撃者はその穴から地面に湧いてくるようだ。
「キリがない!」
ダンは懐から小瓶を取り出し、穴に放り込んだ。
ボンッ!
音がすると煙がもうもうと立ち込める。
「煙を吸い込むなよー」
そういう事は先に言って欲しい。風上へ移動しなければ。




