夜営が明けて
朝靄が煙る中、一人の青年が野営地を歩いていた。
騎士達の眠るテント群を抜け、馬達の傍を通りぬけ、森の木立をぬって冒険者達が思い思いに木の根元で寝袋や騎獣に埋もれたりして寝ているのにも気に留めず目的の場所まで脇目も振らずに歩く。
大型の騎獣のゾーンに来るとドラゴンやイエティ、ヒポグリフといった伝説級の生き物が思い思いの姿勢で身体を休めている。
その様は他の人間になら壮観で感動的であったであろうが、そこを歩いている人物にとっては大した問題ではないらしい。
無頓着と言えるような足取りだ。
そして一つのテントの前に来ると居住まいを正した。
「……」
それを合図のように一人の逞しい身体つきの男がテントから出てくる。
続いて、先程の男より細見の男、その次にドラゴニュートの男。
最後に赤い髪――たてがみのように見える――で覆われた頭部の獣人の女と銀色の長い髪を頭部の後ろで結わえた仮面の人物が続けて出てくる。
彼らは打ち合わせをすることもなく、それぞれの仕事を受け持っていると見えて、あっと言う間にテントは畳まれ、湯が沸かされ、ささやかだが栄養バランスに気を配られた美味しそうな朝食が出来上がる。
「向こうは居心地悪いと見えるな」
細見の男がパンを切り分けながら、来訪者である男に声をかける。
水色の髪を後頭部の高い所で結わえたその青年は、肩を竦めてそれに答えた。
「ここに来ると心が休まります。というか僕の本業はこっちなので。『取り巻きなんかやっていられるか!』…ですよ」
具だくさんのスープを赤い髪の獣人――ネリーから受け取って、一口飲んでその青年は言う。
「もう、なんだかなぁ~ですよ。あの寂しんぼのご令嬢は。近づくと距離を取って、去ろうとすると寄り添ってくる、絶妙な距離感の持ち主ですね…あっ僕は違うですよ?僕はいつも貴女という女神の傍らに控えていますから」
「別に控えていなくていいよ?」
最近はこうやって言い返すことを覚えた銀色の髪の仮面の人物が言う。
「うう、この安定の拒否…僕の心を心地よく抉ってくる」
少しオーバーに胸をかきむしるような動作をした後、真面目な顔をして水色の髪の青年――ニコルは続けた。
「王子がこれくらいの箱を持っていましてね。どうやら特殊な力のある魔石でも中に入っているんじゃないかと当りをつけているんだけど」
両手に乗るくらいの箱のサイズを示されて、逞しい身体の持ち主――ガスパが唸るように言う。
「それじゃ、噂は本当だったんだな。神殿が何かをずっと隠していたってのは、しかしその箱に入るくらいの魔石か、実際に見なければわからないが、…よく持ち出せたな」
「ま、王家も片棒を担いでいたって事だろうけど」
ネリーは嫌そうに鼻に皺を寄せて言った。
「儀式みたいなのをとり行ってお茶を濁すつもりなのかと、あたしは思ってたよ」
「そんな不確かな方法じゃ、効果は知れている。民衆も納得しないだろうし。王子側には何かしらの確信が、あったからこその、今回の遠征だろう?」
ガスパの意見に細見の男――ダンが頷く。
「そういう意味では、これ以上の情報は引き出せそうもないね?
まぁやってみるけど、オレもあの令嬢苦手…。王子も令嬢が絡まなきゃいい人なんだけどねぇ」
ダンはネリーと歩哨に出かける際、王子の周辺をそれとなく探っているようだ。
彼の斥候能力は、このような場合にも充分発揮される。
「いいなぁ。ダンさんもネリーさんも直接あの令嬢とは絡まないから。僕なんて令嬢の周囲のめんどくさい貴族子弟とも顔合わせなきゃだし、誰か変わって欲しいよ」
今まで黙って皆の意見を聞いていたドラゴニュートのジルベールが慰めるかのようにギルド職員―今はギルド分室長代理だが―ニコルの肩に手を置いた。
「あだだだ」
ただし、力の加減を間違ったらしい。ニコルは痛がって盛大に顔をしかめた。
「さ、始めるか」
大げさな奴だと呟いてジルベールは立ち上がる。
冒険者の騎獣の餌はギルド側が今回の遠征で請け負った負担分としてニコルが持ち運んでいる。
二人は騎獣の様子をチェックしながら、毎朝それらを冒険者達に渡している。
ニコルが態々割り当てられた騎士団と一緒の野営地からここまで通ってくるのはそのためだ。
それから暫くして他の冒険者達も活動をはじめ、出発の時間となった。
「神殿から持ち出されたという魔石…魔物の襲撃が思ったより少ないのは、その存在のせいなのか…」
ドラゴンの背に鞍をつけながら、「赤の牙団」の面々は気を引き締めるのだった。




