幕間 ふたりの青年
寮の部屋に帰ると注文していた新しい絵の具が届いていた。
包みの油紙を破いたところで上着を着たままだったのを思い出して、脱いで椅子の背にかけた。
シャツの首元のボタンを片手ではずし、両手首のボタンもはずし腕まくりをする。
そっと外箱の蓋をはずせば、鮮やかな色が目に飛び込んでくる。
ああ、この色だ。
この色が欲しかったのだ。
ただの翠じゃない。日光のきらめきを閉じ込めたような、新緑が萌えるような、命のきらめきさえ感じる翠。
画板の束からひとつの絵を取り出す。
春まだ浅い、ダフマン子爵邸の庭と妹とその友人を描いた絵だ。
ひとりは栗色の髪に碧色の瞳の少女。そしてもう一人は白金の髪に神秘的な翡翠色の瞳の少女。そして自分と似た色をまとう少女。
よくある貴族の午後のお茶会を描いた絵だ。
テラスに続く庭に白いガーデンテーブル。地面に敷かれた青のチェックの敷布。
その上に腰をおろして内緒話をするように顔を近づけている妹たち。
柳の木には新芽。
庭の芝生はまだ茶色く冬枯れ色をしているが花壇には早咲きの白い水仙とスノーボールが咲いていて。
少女たちの頬は薄紅色に色づき、その唇はゆるやかなカーブを描いている。
目を閉じれば、鮮やかによみがえるあの日の午後。
しかし目の前の絵は、あの日のあの時の輝きを半分も描ききれていない。
絵の中の君は、生身の時の半分も輝いていない。
目を閉じた時に浮かぶ君はこんなにも眩しく輝いているのに。
絵にしてしまうと何故半分もその魅力が伝わらないのだろう。
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冬枯れの森に立ちつくし、木立ちの枝の間に見える青空を仰ぎ見る。
冬鳥がひときわカン高く鳴いて、空を横切っていく。
枯葉の中の霜柱を踏みつけて歩きだすと、大きな画板を持ったあいつとすれ違った。
「妹に・・・」
急に声をかけられた。
「妹たちに関わるのはやめてくれないか」
くだらない。
そんなに心配だったら囲って隠していればいい。
「きれいな花が咲いていたら、こうして手折りたくなるだろう?」
僕は冬枯れの森で唯一、つやつやとした葉をもつ樹木の赤い花を手折った。
「・・・・手折ったら、枯れてしまう」
あいつはそう言った。
僕は返事をせず、がくから花を抜き取り、唇にあてて蜜を吸った。
花から蜜がとろり、と口の中に流れ込む。鼻腔がその花の甘い香りで満たされる。
手折った花が枯れたら次の花を摘むまでの事。
「花の命は短い。咲いている内に愛でてやる事も必要・・さ」
僕は唇から花を離し、ゆっくり地面に投げ捨てた。
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一人は振り向いて、もう一人の後ろ姿をいつまでも見送り、もう一人は振り向きもせず、その場を歩き去った。