トイレ長すぎでしょ
やっとジルベールがすっきりした顔で戻ってきた。
どうでもいいけど、トイレが長すぎるよ。
「ナニカあったのか?」
何かあったと思われるのはジルベールの方もですが。
何故か尻尾に「ケモミズ」のターメリックがくっ付いているんだけど…。
「おねーさん、仮面取った方が僕は好きだなー」
…子ども受けはしたようで良かった。
「おねーさんイイ臭いがする」
パっとジルベールから離れると私の周囲をふんふんと嗅ぎまわる。
バレたか。
私のポーチの中には飴が入っている。
どうやらユリウスが自分のおやつを取っておいて私にとこっそり入れておいた物らしい。
口に指を当てながらしーっとジェスチャーをする。
「大切な人から貰った物だから一個だけ」
言いながら渡すと目を輝かせて受け取る。
「ありがとう!」
子どもはいいよねー、素直で無邪気で。
さっそく飴を口に放り込んだターメリックをほっこりした気分で眺めた。
ユリウス、今頃は何をしているのかな…
感傷に浸っていると、こちらに数人の騎士が歩いてくるのが見えた。
「何か騒いでいたようだったが……」
第なんちゃら分隊長さんと副分隊長さんらしい。
座り込んでジンから投げつけられた布を握りしめたままの放心状態のサムを見てから、私の方を見て固まる。
なんで人の顔見て固まるの? 失礼な。
「ミューズ? い、いや、まさかそんな訳が……」
そうか王都出身の人は歌集のジャケットを見た事があるのかも知れない。
ジャケットの絵姿では私は儚げな少女として描かれている。
今のような冒険者スタイルとの取り合わせはないだろう。
しかも今の私はニセモノの細マッチョの筋肉の殻で全身を覆っているし。
「え? なんで? 俺、とうとう可笑しくなったか?」
隊長は自分の頬を抓って副隊長に向かって聞いているが、その副隊長に「いつもと同じで可笑しいです」と言われ撃沈した。
やっぱり仮面を付けよう、そう思った瞬間に手の中から仮面が引っ手繰られ、顔に何かが押し付けられる。
……目の穴の位置、ずれているんですが。
「サムがちょっと滑って転んだだけですよ。ですが背中を痛めたようです、よろしければヒールが出来る人を呼んで欲しいのですが」
赤髪のリーダーっぽい人だった。
いい加減名前で言わないと怒られそう。
「あ、そうか? 冒険者の中には今いないのか?」
隊長さんは周囲を見ながら魔法使いっぽい冒険者を目で探す。
「ええ。今は…例の侯爵令嬢様のお風呂の時間なので」
治癒の魔法を使えるのは冒険者の中では女性の比率が高い。
暗に治癒の使い手は今歩哨の仕事に出てしまっていていないと彼は言っているのだ。
ワンコ魔術師のクリストフなら魔法の使える者のリストは頭に入っているようだが、この隊長さんは分からないらしい。
現に私も治癒は少々心得があるのだが、慌てて「怪我人だ!誰か治癒のできる者はいないか?」と探しに行ってしまった。
その隊の隊員の中の人が「俺、あまり得意じゃないけど出来ます。」と名乗って出てきて
サムに治癒をかけた。
ぼやっとしたままのサムにパーティの仲間達が代わりに礼を言い、肩を貸して立たせると取り囲むようにして自分達の夜営場所に連れて帰り、隊長さん達は「鍋が足りません、アレンの奴が焦がしちまって!」という別の隊の隊員の報告に「何をぉ!」と怒声をあげ飛び出していってしまう。
食べ物の事は士気にも関わる重大事項だからだろう、血相を変えていた。
「とりあえず、騎士団の方から突っつかれると面倒だからね。てか…悪かった。仮面はつけておいて欲しい。その…君の顔見たら危ないから。じゃ俺も戻るよ…やばいマリアに怒られる」
最後の方は聞き取れなかったが、赤い髪のリーダーっぽい人の言葉に、ムっとする。
危ないって何。
失礼すぎる。
もう名前なんて憶えないんだから!
状況が分からず、ぼーっと事態を傍観していたジルベールも気がついて声をかけてきた。
「スープの準備でもするか」
今回の遠征で冒険者は、パンは国から支給されるがその他の食べ物は自分達で、と決まっているので、私達も準備をはじめる事にする。
「ねー? おねーさんのところで食べて言ってもいい?」
何故かターメリックだけがその場に居残ったままだったが、迎えに来た狐の獣人のジンジャーに「お前も手伝うんだよ。いつの間にか抜け出しやがって」
と怒られつつ耳を引っ張られて退場して言った。
それを見送って、私達も火を起こして煮炊きをはじめる準備をしはじめた。
ジルベールが「なんか、城の小僧達を思い出す…」と呟いていたので、彼も郷愁を感じていたのだと知った。
なんだかんだ言っていても、ジルベールはユリウス達を可愛がっていたし、こんなに長い間アマゾン城から離れた事なんかなかったから。
「早く帰りたいね」
私もそう呟けば、ジルベールはコクリと頷く。
そうして鍋の中のスープが湯気を立てはじめる頃、疲れた顔でガスパが帰ってきた。
「全く、段取りが悪いったらないな。パンを貰いに行くだけでこんなに時間がかかるとは」
続いて洗い髪もしっとりとネリーとガスパが帰ってきた。
「あー気疲れした。ちょっと聞いてくれる?侯爵令嬢様ったらねぇ…」
二人の話を肴に、もちろん悪口の類は他に漏れないように対策をしてだが、私達はささやかな夕食を楽しんだ。
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その頃、漆黒の衣装に身に包んだ青年は悩んでいた。
「あーいい臭いだな。一緒に……」
言いかけて首をふる。
「ここに旨い魔物の肉があるんだが一人じゃ食べ切れないな…」
さらに首をふる。
「言えたら、一人で飯食ってないか……」
普段一人で平気そうな彼だが、単に簡単な一言が言えないだけであった。




