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モブの恋  作者: 相川イナホ
望まぬ邂逅
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出発の朝

感想、叱咤、激励ありがとうございます。

創作へのモチベーションになっています。


「いい子にしていてね」


ユリウスを抱きしめた。

彼の小さな手が私の背中に回されると、頬にちゅっとキスをされた。


「無事に帰ってきて」


小さな声で囁かれる。

いじらしさに胸がいっぱいになって瞳を見つめると彼の目は少し潤んでいた。


「ん。約束するから」


「絶対だよ。母様。絶対に怪我しないでね」


「うん。絶対にしない」


もう一度ぎゅっと抱きしめれば、ユリウスの小さな手は私の頬を愛おしげに撫でる。


「まかせておけ。ちゃんと皆で守るから」


ダンが自分の胸を叩くと、ジルベールが頷き、ネリーも親指を立てる。

ガスパが手をにゅっと伸ばすと、ユリウスの頭を撫でる。


「俺達が強いのは知っているだろう?」


不敵にニヤリと笑うその様は相変わらず渋カッコいい。


「どれ、私にも抱っこさせておくれ」


ネリーがユリウスを抱っこすると、次にはダンが高い高いをしてそれをジルベールが受け取る。


最後に抱っこしたガスパから私の腕にユリウスは戻された・


「ご主人様。ユリウス様は僕達が守ります」

「じいもおりますぞ」


奴隷として引き取った少年達が私の前で跪いて誓ってくれた。当時の事を思えば随分と成長してくれた。じいもニコニコとしてユリウスを不安がらせまいとしてくれているようだ。


兄は心配のあまり腹心のペンネとパスタを付けると言ったけれど、2人は今後の領には必要な人間。それにいざとなった時に私達「赤の牙団」が守れる人数は少ない方がいいだろう。

私達のパーティだけなら何かあった時でも生き延びられる可能性が高い。

気持ちだけ受け取って、兄の申し出を辞退させてもらった。


「旧ソルドレイン領迄は一緒に行動できるが、以降は殿下の兵団と行動を共にしなければならない。だが連中に付き合って危ない橋を渡る必要はない。魔物を鎮める方法というのも気になるが無茶をする必要はない。ユリウスのためにもな…これは領主失格なセリフだな」


厳しい表情を緩めて兄は私の肩に手をおいた。


「今回で解決しなくても、必ず手立てを見つける」


兄は魔の森と人の住まう土地との間に強固な壁を計画中だ。

その費用を捻出するために相変わらず兄達の生活は質素倹約だ。




今回の指名の強制依頼は本当に気がすすまない。

私は新調したフロル用の装備を纏い仲間と共に家を出た。



 実家のアマゾン領からも兵は出るが、あくまで道案内要員。

 主力はライオネル第二王子の率いる隊である。


 城門前の広場に集まったのはライオネル王子が率いる騎士達と強制依頼で集められた冒険者グループ。

 騎士達の出で立ちは相変わらず、キラキラと眩しい限りだがその服装は実用的なデザインのものに改まっている。

 それが何となく物足りないと思えるとは、彼らの姿も見慣れたと言う事か。


「フン。人気パーティは違うな。特別扱いかよ」

 マッチョのサムが私達の姿を目敏く見つけ早速と難癖をつけてきた。

 領主一族の住まう区画方面から出てきた所を見られていたらしい。


 心底めんどくさいといった表情になってしまうが、まぁいいか仮面で見えてないだろうし。


「『赤の牙団』はずっとアマゾン領の魔物討伐を継続してきてくれたパーティです。

扱いが違うのは当然ですよ。…というかあなた達『筋肉の饗宴』さんも人気パーティじゃないですか」



 いつの間にか傍に来ていたギルド職員のニコルがさり気なく私の前に立ってサムの視線から庇ってくれた。


「それに、そろそろ私語はやめた方がよさそうです。ライオネル様の演説がはじまるようですよ」



 整然と並んだ騎士達のうしろで雑然とただ集まっている冒険者達は、それでも私語をやめて前を見た。


 煌駆のジンの周囲に丸く円が出ているのかのように人が居ないのが何とも言えない。

 歯に絹着せぬと言えば表現はいいが、辛辣でどちらかと言えば捻くれた物言いをするから他の冒険者達には苦手に思われているのかもしれない。

 が、ことごとくこっちに向かって歯をむき出してくるマッチョのサムに比べれば、私には苦手感がない。

 誰に対しても平等に辛辣なのだから。


 サムの奴は何だってこう、私に突っかかってくるのだろう。

 気に食わないのなら、関わり合いのないようにすればいいだろうに。


 内心ため息をつきながら、前方を見る。

 そこには鎧兜で身を整えたライオネル殿下の姿があり、その後ろには取り巻きの有力貴族子息とさすがにドレスではなく多少は動きやすい服装に身を整えたララリィ嬢の姿もあった。


 …ララリィ嬢もついてくるのか。


 暗澹たる気持ちになって、思わず宙を睨むと振り返った煌駆のジンと視線が合った。

 彼は彼で私の様子から悟ったようで、肩をすくめて見せた。

 苦笑いを浮かべると、彼も似たような笑いを返してきた。

 そして、後ろ向きのまま私の横まで下がってきて、私の耳元に顔を寄せると一言、

「まったく、やってられねぇな」

 とだけ呟いた。



 穏健派の冒険者グループの数少ない女性弓術者も


 「あの恰好で?」


 と思わず口にしてリーダーの赤い髪の戦士に「しっ」と口に手を当てられ睨まれている。



 前の視察の時と比べればマシになったとはいえ、行軍するには不適当な服装なようだ。

 侯爵令嬢としての格式もあるのかもしれないが、馬車が入れる場所まではよいとして歩かなければならないような場所ではどうするつもりなのだろう。


 ましてこれから進む場所は魔の森にある遺跡なのだ。



 前方で王子が何か薫陶めいた事を言っているようだがこの場所までは内容までは聞こえてこない。

 ますますダレて緊張感のなくなってきた冒険者達に対して、騎士達はモチベーションも充分で気分も高揚しているようである。



 温度差が笑える。


「ぐぅ」


 音がした方を見れば、ジルベールだった。

 立ったまま寝てるよ。このドラゴニュート!


 私が周囲の様子に気をとられているとどうやらライオネル殿下の話は終わったらしい。


 騎士達の間から

 「おおー」

 といった時の声があがった。


 再び前方を見やれば、馬上の兄がわが領軍を率いて、指揮扇を振り下ろした所だった。

 身内びいきかもしれないが、本当に兄は恰好いい。


 「開門せよ」


 兄のよく通る声が全軍に響き渡る。


 門の開閉は相変わらずスムーズで軽やかだ。


 前衛に兄達領軍、後衛に騎士達を従え、王子とララリィの乗った馬車も進み始める


 開け放たれた門の外側では冒険者達の騎乗する獣で大型のものが待機している。

 もちろん『赤の牙団』が騎乗するのはいつものドラゴンである。

 ジルベールの合図に喜びの声をあげるドラゴン達。

 甘えているらしい。そうは見えないが。



 他の冒険者達は何に乗っていくのだろうと見れば大多数はやはり馬のようだった。

 だけど煌駆のジンの馬だけがやけに大きい。

 翼もあるようだし角もある。


「ありゃぁブラックユニコーンだな。初めてみたぞ」


 ダンの言葉にニコルも付け足す。


「言われているほど凶暴じゃないそうですよ」


 さすがファンタジー世界。

 他にも大型の蜥蜴っぽいのやイエティみたいなのとかもチラホラといる。

 しかし今はそれより気になる事が。


「ニコル? 一緒に来るの?」


 今更ではあるが、当然のように『赤の牙団』と行動を共にしようとするニコルに牽制をこめて聞けば当然のように頷く。


「ええ、僕がいないと困るでしょうからね」


 例の背負子を背負っているのを見ると、軍需物資の運搬を担当しているらしい。


「まぁぶっちゃけ、お嬢様のお風呂を持ち運べるのは僕だけでしょうし」


 まさかのララリィ嬢御用達でした。


 遠征ってそんな呑気な物だったっけ?


「ああ、頭痛…」


 私を含めた冒険者グループの誰もが脱力した。


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