忠告
「打ち身は痛むか」
レーフェンはフリードにとって騎士科の先輩にあたる。在籍期間はかぶってはいないが、先輩後輩の力関係が適用される。
家柄的にはフリードの家の方が随分と上だが、フリードはレーフェンから、ややぞんざいな言葉をかけられても反発はしなかった。
「平気です。」
家柄を鼻にかけ見下してきたり、不貞腐れたような態度をとらない事は合格だ。
密かに、レーフェンはフリードをそう評価した。
彼は己が打ち負かした騎士《フリード》を家族と共にとる夕食の席に呼び出していた。
表面上は、己と剣を打ち合わせた相手の健闘を称え、プライベートな領主の食卓へ招待した形となっている。
「家族だ」
テーブルにつくのは、アマゾン領主レーフェンとその妻パトリシア、そして長男のキルシェ、長女のエルシー。そしてもう一人、フリードとそっくりな色彩を纏うユリウス。
案内されて、部屋に一歩踏み入れたフリードは、ユリウスに視線が吸い寄せられたようになった。
「さあ、テーブルに着いて。わが領地の郷土料理だが、口に合うといいが」
それを気が付いているはずなのに、素知らぬ風でレーフェンはフリードに椅子をすすめる。
「料理長が腕をふるいましたの。どうぞ召し上がれ」
夫人のパトリシアに促され、着席したフリードは、並べられた料理を前にカトラリーを手にした。
食事の間に何度か物問いたげな視線を向けても、レーフェンは流しているのか、我関せずといった態度である。
フリードは、この食材はどうの、味付けのソースがどうの、と続ける夫人の話も上の空で食事をつづけた。
レーフェンからは、学園時代の剣の授業の教師の流派について質問などされ、それに危なげなく答えるも、フリードの視線はユリウスへと自然と向けられる。
ユリウスは、従兄妹であるレーフェンの子ども達と楽しげに食事を取っていた。
ときおり、興味深げな視線が子どもたちからフリードに向けられるが、よく躾けをされているらしく大人の話に割って入るような行儀の悪さはなかった。
じいのヨーゼフがニコニコとしながら子ども達が食事を取る手助けをしていて、和気藹々とした気取りのないいつも食卓がそこにはあった。
やがて食事を終えた子ども達は家令に促され、食後の挨拶をすると退出していった。
「子どもは好きか?」
子ども達が退出していったドアが閉められ、その気配が遠くなるとレーフェンは静かに、フリードに聞いた。
「甥も姪もいませんゆえ・・・」
フリードには兄と弟がいる。上の兄は結婚したばかりで弟はまだ学生だ。
遠縁をあたれば、幼い子どももいるだろうが、フリ―ド自身には交流がない。
「似ているだろう?あれはわたしの妹の子だ」
ユリウスの事を言っているのだと分かり、フリードは身を固くする。
まさかという気持ちとやはりという気持ちがせめぎあう。
が、進んで事の真相を問う質問はフリードの口からは発せられない。
彼はその質問をするのをためらっていた。
「知ってのとおり、アマゾン家は魔物の被害で多大な被害を被り、一族もほぼ死に絶えてしまった。だからよけいに、愛おしい。あの子も大事なアマゾン家に連なる者だからね」
レーフェンはひたとフリードに視線を合わせた。
「あの子の生まれもった色彩は、その素性を周囲に知らせめる。わたしはあの子を日の当たる場所で堂々と生きさせてやりたい。
ダフマン家にも君のラズリィ侯爵家にも渡さぬ。アマゾン家の子として育てるつもりだ」
「ダフマン子爵家…」
フリードの顔色が悪くなる。
もしかしたら、と考えていたことを告げられたのだ。
フリードには心当りがありすぎた。
「わが妹、フローラは幼少期にダフマン子爵家に養女に入った。
学園で貴殿と知り合い、一時は恋愛関係にあったと調べはついている。
妹がユリウスを生んだ時、15になる前だった。
思い出したか?」
レーフェンは口元をゆがめ、怒りの表情を無理して押し留めているかのようだ。
「先ほど顔を合わせた時には覚えていないようだったが、男として産ませた子の認知をする良心位は持ち合わせているな?」
断定する物言いにフリードは震えた。
言い訳も容赦も許すつもりもない事はレーフェンの態度を見れば明らかだった。
「……子どもが出来ていたとは知らなかった。、不誠実なことをしました」
心なしか掠れてしまった声に自分でも驚きつつ、謝罪の言葉を紡ごうとしたその言葉はレーフェンによって遮られた。
「謝るな。貴殿はあの子が産まれた事まで過ちとする気か」
フリードからしたら望んで作った子どもではない。
お互い非成婚で、しかも若かった。
「せめて血を分けた者としての責任を果たしてもらおうか」
それは、伯父として家長として当然すぎる言い分で、フリードは潔くそれを呑むしかなかった。
レーフェンは家臣に命じ、ペンと用意してあった紙をフリードの前に置いた。
「用意が・・・いいことですね」
すっかりと届け出るに必要な様式が整ったその書面を読み、フリードは顔をゆがめたがサインをした。
「この遠征で貴殿が死んだりしてしまったら、もうチャンスはないと思って用意しておいた。」
縁起でもないとやや憮然とした表情でフリードがレーフェンを見やれば、書かれたサインを確認しつつ、レーフェンはギロリとフリードを見た。
「ヘルドラ遺跡に挑むという事はそれ位危険な事なのだ。
貴殿が生きてさえいれば、ユリウスの後見を期待できるから是非とも生き残って欲しいとは思っている。
…いい加減な気持ちで挑むなよ。付いていく兵の一人一人に、家庭があり、待っている人がいるのだ。よくそれを胆に命じる事だ」
レーフェンは次に祈るように手を組み、その視線をフリードに向けた。
「今回の遠征には妹も強制があって参加する。わたしは甥を哀しませたくはない。貴殿にこんな頼みごとをするのは癪になるのだが…妹を頼む。例え一刻でも情を交えた相手なのだろう?それ位の男気は期待してもいいよな?」
頼みだと言いつつ、レーフェンからは有無を言わせぬ空気が漂っていた。
「貴殿の父上には、ダフマン子爵家から事情が伝えられている。
貴殿の素行には呆れるばかりだが…ひとつ言わせてもらうと、国の人間のおおよそ半数は女性なのだ、不誠実を続けていると、いずれ我が身に返ってくることになると忠告しよう」
―― 何も知らない癖に
フリードはレーフェンの言葉に秘かに反発を覚えた。
あの頃にはああいう風にしか生きられなかったのだ。




