色褪せた世界で
「フリード」
声をかけられて、客室で寝ていたフリードは目を開けた。
「・・・つっ」
うめき声を押し殺してベットから半身を起こす。
「ララリィ。見舞いにきてくれたのかい?」
微笑めば嬉しそうに笑う可愛い人。
「大丈夫?随分と酷くされたみたいだけど」
「俺もまだまだだね。ジェイ以外で、あんな強い人がまだいたなんて。辺境だからと侮ってはいけないな」
「治癒魔法、もう一度かける?」
「いや、ありがとう。この痛みを潜り抜けないと強くなれないからね」
治癒魔法をかけすぎてしまうと、せっかく受けた経験の値が元に戻ってしまう。
受けたダメージはきちんと身体に覚えこませないといけない。
騎士をはじめとして、身体を使う仕事をしているものならば鍛えるために耐えなければいけない痛みだ。
「でも、ちょっと辛い。頑張ったからご褒美がほしいな」
少しだけ上目使いで強請れば、「もう。仕方ないわね」と言って傍に来てくれる。
そっと抱きしめれば、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
彼女のやわらかいピンク色の髪に指を絡めれば、甘えたように身体を預けてくる。
「ララリィ」
名前を呼べば、見上げてくる信頼しきった瞳。
頤に指をあて、その顔を引き寄せれば、なんの躊躇もなく瞼を伏せる。
吐息のかかる位置まで唇を寄せれば、その唇はみずみずしい果実かなにかのように誘ってくる。
むしゃぶりついて、甘美なその実を味わいつくしたいという凶暴な欲求を押さえつけ、瞼と額にキスを落とす。
頤を捕えた指をすべらせ、彼女の髪をひと房手にとり、そこにもキスを落とす。
視界を覆うピンク色の髪。
色あせた世界で、彼女の色だけが鮮やかに映える。
身体を放せば、少しだけ拗ねたような表情の彼女。
心に刺さるツキリとした痛みに気がつかない振りをして微笑めば、彼女も笑顔になる。
いつからだろう、色を見失った世界で、彼女の色だけが鮮やかに映るようになったのは。
完全に囚われている。でも少しも嫌な気がしない。
心地よい幸福感と彼女のすべては手に入れられないという達観めいた諦め。
中毒のようなそれは、精神を浸し、痛みも哀しみも怒りさえも平坦にしていく。
「フリード」
咎めるように声をかけてきたのは、クリストフ・ダンテ、国の魔術師団の新鋭部隊員だ。
おそらく独りで歩くララリィを見て、後を追ってきたのだろう。
「怒るなよ。今、ララリィに慰めてもらっていたところなんだ。みっともなくやられちゃったからね」
独占欲丸出しなのはいただけない、彼も彼女を共有する者の一人なのだから。
「・・・・彼女は未来の妃殿下なんだぞ」
「ひとつ言い訳するなら、彼女は、ライとの婚約のために俺の家の養女に入って、今は義妹だ。君に非難される言われはないな」
どうせ、彼だって二人きりの時は彼女に触れているはずだ。
自分はよくて他人はいけないだなんて、器の小さな男だ。
どうせ彼女のすべては一人の男の手には入らない。
だったら受け入れるしかないだろ?
「それとも俺みたいなのが、彼女の傍をウロウロしているのが気にいらないっていうのか?それはお互い様だろ?」
クリストフの身体から殺気じみた怒りが放出された。
甘いな、ここの領主のに比べれば、稚気を帯びたものだ。
「ここにいたのか。何やってんだ。座学がはじまるぞ」
「ライオネル!」
頬を染めてララリィが婚約者に駆け寄る。
(なんだ、その傷ついたような表情は。まるで鏡を見ているようだからやめてくれないだろうか。)
フリードは軽薄そうに笑い、肩をすくめて言った。
「肩を貸してくれないか?クリス。俺も行くから」
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