強制依頼
「は?今なんて?」
聞き返した私は悪くない。
ここはアマゾン領の冒険者ギルド「仮」である。
設置されたばかりの時と比べたら、登録者も増え、喜ばしいことだ
私達は朝一番の狩りを終えて、素材を持ち込んでいた。
昼間は、私もアマゾン領主館での兄の手伝いがあるので、どうしてもこんな時間になる。
他の冒険者達はまだ狩りと採集の最中であろう。
ギルドにはその姿はなく、ニコルが書類仕事に勤しんでいたが、私を見つけると 開口一番に強制依頼が出た事を告げた。
最近『分室』の看板がはずれ、ニコルの権限も増えた。
この男のギルド権限があがることに私は不安を禁じ得ない。
主に、私の貞操の危機とプライバシーの侵害という意味で。
「ええ、ギルドからの強制指名依頼です」
「は?なんで?」
「王家からの依頼です」
「だからなんで?」
「第二王子が命知らずにも、・・・・この表現ではほめ言葉になってしまいますね。言い直します。
身の程もわきまえず、旧ソルドレイン領のヘルドラ遺跡へ遠征しに向かう事になったからです」
「だから、それでなんで?」
「『赤の牙団』がこの辺にいる一番ランク上の冒険者パーティだからですよ」
がっくりうなだれた私は悪くない。
「今回の遠征は第二王子を中心とした編成になっていますね。目的は『魔の森の氾濫を根本的に鎮めてなくすこと』だそうですね。なんか眉唾だなぁ」
そんな方法があるのなら是非とも実行してもらいたいが、私は関わり合いたくない。
「貴族連中と関わりあいたくない。」
きっぱり断った私も決して悪くないはずだ。
「『フロルさん』、名指し指名ですよ。」
「は?なんで?」
「これのせいです」
ニコルはどこからか一枚のカードをピッと取り出してみせた。
それはあの商人が売り出した冒険者カードだった。
カードには顔半分をマスクで隠し、銀髪とマントを風になびかせた、厨二くさい雰囲気イケメンが描かれている。まぁそれ私なのだが。
「カードで人気のパーティがけっこう指名依頼になってますねー」
脱力した私もきっと悪くない。たぶん。
「『ラフポーチャ』、『筋肉の饗宴』、『ケモミズ』、『カルロスミスと愉快な仲間たち』、『煌駆のジン』、いずれも見栄えのする容姿の連中がいるパーティです。
女性だけのパーティも人気が高いのですが、指名に入っていませんね。すがすがしいほどです」
ニコルが感心しながらリストを見ているが、私は頭痛が痛い・・・わりと深刻に。
「だって、第二王子だけじゃないでしょ?一緒に騎士団がついてくるでしょうに」
「それでもですよ。王子なので心配なんじゃないですかね」
ニコルの言葉の「王子なので」の前に「あんな困り者でも」の装飾がついたのに毒をかんじる。
「僕の従妹の連れ添いが、国境を守る任務についていたのですが、ホワイトランドとの戦いで帰ってこなかったんですよね。
こうやって本人が預かり知らないところで軽はずみな行動の結果の怨みは買われているのです。
それがどうしようもなく膨らんだ時の精算が怖いですよね」
ニコルの興味と関心は、「冒険者ギルド」と一部の冒険者にむいている。
王家に対する忠誠心が元々低いのだとしても、今の発言は一般国民の現王室離れを暗示させる。
すると今回の件も、別の見方ができる。
「人気冒険者を巻き込んでの人気とりか・・」
「王室も必死だな」
「必死なぁ。必死なのかもな」
そこで、狩ってきた素材を整理し終わった「赤の牙団」の仲間が話に加わってきた。
手伝わなくて、ごめんなさい。
「事は王位継承にまで関わっているからな」
ダンは布で手をふきながらテーブルについた。
「第一王子と第二王子が、争っているとかいうアレかい?」
ネリーも話しにくわわる。
「噂によると第二王子の生母は、かなりの曲者らしいぞ」
ガスパが人数分のエールを用意してくれた。
たしかに、こういう話をしていると時間が長くなりそうだ。
話を整理すると、バカ息子(第二王子)の過去の失敗を新しいニュースで上書きしようという腹なのだろう。
「そういう意味では、『魔の森の氾濫を鎮める方法』とやらはかなり効果が期待できると思うが」
それはそうだろう。
これで失敗したら、第二王子の人気は底辺にまで墜ちる。
「俺が腹ただしく思うのは、『鎮める方法』というやつが、タイミングよく出過ぎだという点だな」
エールを一口飲んでガスパは言った。
うん。渋い。しぶかっこいい。
エールを煽る姿も男らしく力強い。
「王家は、いや王家の一部かもしれないが、『魔物の氾濫』災害を鎮める方法を以前から握っていたかもしれないと言うことだよな」
「だとしたら・・・ゆるせないね。方法を明らかにしなかった理由に、どういう政治的な事情があったのか知らないけどさ」
ネリーの頭には、死んでいった過去の冒険者仲間が浮かんでいるに違いない。
魔物の氾濫時、鎮圧にかり出されて死んでしまう冒険者も多い。
「ともあれ、どんな方法が取られるのか、知る事のできるかもしれない位置に俺達はいけるわけだ」
自然と各自の額が寄ってしまい、内緒話をしているような恰好になる。
「人気冒険者を数多く参加させているところから言って、『秘密を知ったものは生かしておけないから口封じ』的な心配をしなくてもいいですよね」
「嫌な事言うねぇ。ニコル」
ネリーが顔をしかめる。
「だが妥当な心配だな」
腕を組んでダンは言った。
その場が急にシンとなる。
「どっちにしろ拒否権はないんだろ?ニコル」
ガスパの問いにニコルも珍しく真摯な態度で答える。
「強制依頼ですから」
「お嬢様!大変です!」
そこへアマゾン家、家臣の妻が、飛び込んできて私を見つけて言った。
「また、あの連中がきます!」
その場にいるものが皆、私の顔を見て、気の毒そうな表情を浮かべた。
「ああ、そうだね。ソルドレインに行くのなら」
「ここを通るな」
心配そうなダンとネリーの視線を受けて私は立ち上がった。
「手伝える事があれば手伝うぞ」
ガスパも一緒に立ち上がる。
今度はちゃんと「先触れ」を出してくれたようだ。
「頭痛に効く薬をちょうだい・・・ニコル」
ニコルは黙って、棚から取ってきた瓶を私に渡してくれた。
気のせいか、労わりに満ちた空気をニコルから感じる。
「食材集めの依頼をアマゾン家の名前で出しておきますから・・・」
「お願い、正式な依頼は兄が出すと思うから・・・」
ユリウスをどこに隠そう。
どこかに隠れさせるにしても、もう幼いとは言えない彼が、納得する理由を考えなければならない。
瓶の中身を飲み干して、苦さだけが理由でないしかめ面をした。




