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モブの恋  作者: 相川イナホ
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その時、何がそれぞれ彼らの身の上にあったか

残酷な表現を含みます。

苦手な方はスキップを推奨いたします。

エデン


僕たち家族が入植したのは、魔の森に一番近い村、トンダス村だった。

契約では、魔物の氾濫がはじまる兆候が表れたら、ソルドレインの代官様から知らせが届くはずだったんだ。


でも、結果は・・・・約束は守られず・・・。

村は蹂躙された。

僕は父と、店の仕入れに出かけていて難を逃れたのだったが、何とか魔物の群れをやりすごして、村に戻れば・・・・。


「かあさん!」

「サーシャ!」

「誰か?!」


村から人は消えていた。

崩れた家々、散らばった残骸。そして血が飛び散った跡。

「誰かいないか?!」


瓦礫を泣きながら、かき分けていると、蹲る人影のような物が見えた。


「あ、生き残った人がいる!」


僕が駆け寄ろうとすると父が止めた。


「だめだ!行くな!エデン!」


蹲っていたモノが顔をあげた、緑っぽい皮膚、血で汚れた全身。


ニタァ


笑ったそいつが食らっていたのは、人の腕だった。


それから真の地獄がはじまったんだ。


--------------------------------------------------



ガルツァ


「魔の森が破られたぞー」

「こっちに魔物が向かってくるぞ!」


叫びながら、村の守衛隊の人が走っている。

進行方向は村を守る方角じゃなくて、逃げる方向だ。


走れるものは走って逃げた。

馬とか飼ってる奴らは、そいつに乗ってどんどん先へ逃げていく。


「生きたまま食われるよりは・・・」


自害をする老人や幼子を抱いた若い母親。


一生懸命逃げるのだが、空も魔物の影で日が遮られ、暗くなるほどだ。


僕たちのうしろで悲鳴があがった。

誰かが魔物に追いつかれたのだ。


「お前は逃げるんだ!足が速いんだから逃げられるはず」


手を繋いで走っていた姉が、僕の手をふりほどいた。


「先に父さんのところにいく。お前は、あがくのよ!ガルツァ!」


懐にいれた短剣を、取り出し、悲鳴のあがった方へ戻っていく姉。


「ねーちゃん!」


姉を追いかけようとした僕の腕を知らない大人が掴んだ。


「坊主!戻っちゃだめだ!前へすすめ!」


「ねーちゃん!ねーちゃん」


泣き叫ぶ僕を抱きかかえるようにして、その人は走った。


どのくらい泣いていただろう。


気が付くと自分独りになっていた。

独りで泣きながら走っていた。

僕は、あてもなく走った、倒れるまで走った。



気が付くと、僕はテントに寝ていた。

僕が起きたのに気がついて、人が話かけてきた。

軍医さんだそうだ。


「よかったなぁ。今朝目覚めなかったら、ここへ置いていくつもりだったんだ」


笑ったその人は僕のおねーちゃんよりちょっと年上にみえた。


「どこへ行くの?安全なところへ逃げるんじゃないの?」


「俺たちは、魔物を食い止めるためにいくんだよ」


無理だ!あんなのに適うわけがない!


「君は、生きろ。生き抜け」


軍医さんは真面目な顔をして言った。


その日、その場に駐屯していた部隊の兵隊さん達は、たった一人見送る僕に敬礼をすると

死地に向かって行った。

それ以降の彼らの行方の噂をついぞ聞く事はなかった。


--------------------------------------------------------




バッハ


「いやだよ。こんなの趣味じゃない」


母が縫ってくれた服を着てみもせずに家を飛び出した。

気に入らなかった。何もかも。


視界の隅に母の哀しそうな顔が見えた。

だけど僕はそれを見ないふりをした。


「なんで僕だけ王都へ行かなくちゃならないんだ」


皆が行きたくても行けない王都の学校。

子どものいない叔父夫婦が、僕に王都の学校に行くお金を出してくれた。


他の子どもだったら感謝して言うことを聞く事だろう。

だけど、僕は・・・・


みんなと別れたくなかった。

特に幼馴染のアイーシャと離れたくはなかった。

なんで皆と一緒じゃいけないんだよ。


くさくさして歩いていると幼馴染のマッシュが村のはずれに通じる小道を走ってやってきた。


「だいだいだいだい大ニュース!」


息をきらしている。


「穴ミツバチの巣を見つけたんだよっ。」


蜜はご馳走だ。思わずゴクリと喉がなる。


僕たちは歓声をあげて森のはずれに走った。


「見て、あそこ、あの木のうろ」


「あれ?先をこされたかな」


木の前に人影があるのが見える。


「おおい、それ、僕が先に・・・」


マッシュが駆け寄ろうとした瞬間、何かが飛んできて僕の足元の地面にささった。

あやうく足を貫くところだった。


「危ないなぁ。いくら蜂蜜を取られたくないからって、何も投げなくても・・」


その時、マッシュの身体がゆっくりと倒れてきた。


「マッシュ?」


倒れたマッシュの腹に生えているものは・・・・


ギギ・・・グググ・・・


木のうろの前で、蹲っていたものが立ち上がった。


マッシュの身体から赤い液体がどんどん溢れてきて地面に染みこんでいく。


「あ、あああああ」


僕は馬鹿みたいに口を開けたまま、うめき声をあげるだけだった。


カンカンカーン!カンカンカンカーン!


村の半鐘が狂ったように鳴らされた。


立ち上がったそれは黄色い牙をむき、吠えた。


グォオオオオー


牙をむき出したそれは、咥えていた蜂の巣を投げ出して倒れたマッシュの身体に飛びかかった。


ゴキ、グチャ、ベチョ


耐えがたい音を背後に聞きながら、僕は逃げ出した。


--------------------------------------------------------



ドーラン


襲ってきた魔物を、村の半数の人間を犠牲にしてなんとか撃退した。

畑は全滅、建物も農具も壊された。


木の枝や枯葉で作った小屋にかろうじて親子4人、僕たちは身を寄せ合っていた。

元冒険者の父は、魔物との戦いで歩けなくなってしまったから、僕はまだ危険な森に入って木の実を拾い、草の根を掘って、家族の食糧を調達しなくてはならなかった。

村の連中は倒した魔物を食べていたが、そのうち腐って食べられなくなってしまい、食べ物がなくなってきた。


そこに難民が流れこんできた。

最初は村の人の親戚とか知り合いだった。

だけど、人が人を呼び、中には乱暴を働くような人も増えてきた。


ある日のこと、僕が、森にいこうとすると母が僕を呼び止めた。


「森は危ないから、これを着ていきなさい」


若かりし頃の父が愛用していた革のズボンだった。

あちこち破れが繕ってあり、裾は膝のあたりで擦り切れている。

尻のあたりは特に大きく継ぎがあたっている。

正直恰好のいいものではないが、ろくな防具もないので、僕はそれをはいて、いつものように森へ行った。


「今日はカタクリが掘れたな。」


森に自生するカタクリの球根の根はすり潰してふかすと団子の様になる。

母の作ってくれる、野草のスープにカタクリの団子が入ってる様を想像すると、自然と口の中につばがたまってくる。


「ただい・・・ま」



様子が変だ。

僕はカタクリを放り出して小屋に走った。


目をギラギラさせた見覚えのない連中が、僕の家の中であぐらをかいていた。


「小僧、食べ物を持ってきたか」


僕はさっと小屋の中に視線を走らせた。


父はいつも寝ているむしろの上でこと切れていた。

母の上には男が馬乗りになっており、首をしめていた。


「やめろっ!」


母の上に乗っている男に体当たりをするが、はじきとばされてしまう。


僕は尻もちをついたが、煮炊き用の木の枝を掴むと、男に殴りかかった。


ちゃんと食べていないので力がでない。

簡単にあしらわれて、ころがされ足で踏みつけられた。


「誰か!助けて!誰か!」


叫ぶものの、誰かが現れた気配もない。


悔し涙を流す僕の元に、妹が髪を捕まれて引きずってこられた。


「やめろ!」


「食べ物を隠してある場所を言えよ。親父があんな状態だったんだ。

なんか食べ物を隠してなきゃ、とっくに死んでんだろ。出せよ」


男は凄んだ。


「兄ちゃん。いや、兄ちゃん、怖いよ。助けて」


「うるさいな」


男は妹を放り出した。


小屋の壁に激突して妹は口から血を流した。


「こいつをエサにして魔物をおびき出そうぜ」


「うぉぉぉ~。やめろ!!」


泣きながら、睨みつけるが、男達は怯むわけもない。


そこへようやく、村の人達がかけつけてきた。


手には木の棒や壊れた鋤や鍬をもっている。


「ちっ!」


舌打ちをすると、奴らは僕が取ってきたカタクリを拾って逃げてしまった。




「かあさん!ナタリー!」


妹のナタリーは痙攣していた。母は・・舌を噛み切っていた。


僕は、一瞬で家族をなくした。

僕の家の隣の家も、その隣も・・隣人はすべて連中によって殺されていた。

誰もこないはずだ、皆死んでいたのだから。


次の日、追い払ったはずのやつらが、仲間を引き連れて襲撃してきて、村も燃えてなくなった。


-------------------------------------------------------



キヌア


「このままでは、全員飢えて死ぬ」


村長が重々しくそう言った。


すまぬな。ここをあてにして来てくれたものもいるだろうが、ここもこれまでのようじゃ」


村長は先端を黒く塗った竹ひごを一本手にした。


「こうなってしまった責任を取って、これはわしが引こう」


集まった人々の間を竹ひごの入った容器が渡されていく。

一本一本、皆は静かに竹ひごのクジを引いていく。


「わしと同じように先が黒くなった竹ひごを引いたものは、一緒に新天地を目指す者じゃ」


我が家で竹ひごを引いたのは親父だった。


先端が黒くなっている。


「親父、俺がいくよ」


俺はそう言った。



新天地とはよく言ったものだ、本当のところは人減らしで死出の旅に出るのに。


「隣のアマゾン領まで辿りつければ、何とかなるかもしれない」


食べ物を三日分だけ持って、俺達は村を出た。減った人口の分だけ食糧の消費がおさえられる。

つまりは、残された人は生き残れる確率が増すという事。


反対に、俺達には絶望しか見えない。


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