禁じられている訳ではない遊び
「好きだよ。フローラ」
彼の顔は逆光で影になっていて見えない。
でも声でわかる。少女の頃のフローラが恋慕っていた相手。
でも、彼は・・・もうこちらを優しく見てくれない。
夢の残滓は苦く、胸の奥に燻る思いを泡のように表層まで吐き出す。
「はぁ、またあの夢か」
寝起きは最悪だった。
暫くは見ていなかった夢なのに、第二王子とララリィ嬢に会ったからだろうか。
「いい加減にして・・・」
自分でもしつこいと思う。
「あーぁ」
ベットの上に蹲り、頭をかかえる。
暫く蹲っていたけれど、両手で両頬を叩いて気合を入れる。
「よしっ!反省終わり!夢までは自分でコントロールできないのだもの。仕方ないわ。」
やっぱり未練があるのかな。
いや、理性と感情は別という事か。
着替えて、髪をぎゅっと縛る。
専属の侍女なんて田舎の貧乏貴族にはいないのだ。
ユリウスを起こして顔を一緒に洗ってから着替えさせる。
食堂にいくと、すでに兄は食事を終え、活動しているようだ。
ユリウスの従兄弟のキルシェとエルシーが義姉であるパトリシアと食事をとろうとしている所だった。
「「おはようございます。」」
「おはよ」
「はよー」
「おはようございます」
「あの、これ、ガスパから」
私はガスパに持たされたワッフルを義姉に渡す。
「まぁまぁ。これは・・・ごちそう様。あとでいただきましょうね」
和やかに朝食ははじまったのだが、無邪気な従兄弟達の、この言葉でその場が凍りつく。
「王子様の髪の色、ユリウスと一緒だったね」
「瞳の色もだよ。」
義姉の方を見ると笑顔のまま固まっている。
爺の方に視線を向ければ、動揺のあまり給仕ナプキンを落としてしまっている。
今までユリウスの父親について何も尋ねてくる事はなかった兄夫婦だが、やはり事情は知っていたのであろう。
「・・・・・・・」
「ス、スープのおかわりはどうかしら?」
義姉上・・・・まだ容器になみなみと入ってますよ。
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「今日は何して遊ぶ?」
「侯爵令嬢ごっこ!」
いつものように家臣団の子ども達が迎えにきて、ユリウスと甥、姪は外へ出ていく。
何がはじまるのかと見れば、侯爵令嬢に扮したエルシーが、ピンクのスカーフを頭にかけしゃなりしゃなりと歩いている。
「お嬢様!お茶はいかがでしょうか?」
「お嬢様、足元があぶないです。ほら小石が」
大勢の家臣の子どもに傅かれ、口元に扇子をあて笑う侯爵令嬢、役のエルシー。
「あらあなた、お名前は?」
「ジェレミーでございます」
「・・・素敵な巻き毛ね」
こうして声をかけられた子どもは、侯爵令嬢のあとを、一人、また一人とゾロゾロとついて歩く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・何が楽しいんだろうか?
これはブラックな何かを、風刺しているんだろうか。
よくわからないけど、やってる子ども達はクスクス笑ったり肘をつつきあったりして声をかけられるのを待ってたりするから面白いには面白いんだろう。
子どもの遊び侮りがたし。
「あー面白かった」
ユリウスまでそう言ってるので子ども達だけに感じるシンパシィがあるのだろう。
そうこうしている内にメイトさんと保母さん役の家臣の妻が呼びにきたので、子ども達はホールへ移動する。
「母上、お仕事いってらっしゃい」
ユリウスは一瞬ぎゅっと私の手を握ってから、ホールの方へ走っていく。
いつも名残おしく、後ろ髪を引かれる思いのする瞬間だ。
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「・・・・惨いな」
ガスパは一言、そう言うと黙りこんだ。
視線の先には、兄が連れてきた奴隷達がいる。
大人の奴隷達は、兄の家臣と共に、ソルドレインへ道案内を兼ねて連れ出されているので残っているのは、少年達だけである。
夕べ、ネリーとガスパと共に相談し、もし、よければ冒険者として将来一本立ちが出来るよう、少年組は「赤の牙団」で面倒を見ようかという話になったのだが・・・。
連れてこられたのが、急なことで住む場所もなく、乗せられてきた荷馬車の荷台で寝起きをしているたのだが、見かねた領民達の中から有志の者が名乗り出て簡易な家を作っている。
それを手伝っているのだが・・・。
目が死んでいる。
言われた事はやるのだが、命令されないとぼーっと突っ立っている。
自分達がこれから住まう家を作っているというのに、期待も何もないのかうつろな目をしているだけである。
「酷い目にあってきたんだろうね。心が痛む事だ」
手伝いの若集も同情の目をむける。
最初は、保育園の手伝いをさせたり、館の仕事をさせたりしたのだが、言われた事しかしない、心ここにあらずの様子で、とても物にはならないと判断された。
領内は復興中で「猫の手も借りたい」状態だが、命じられた事のみ機械的に行い指示すら聞きにこない、ちょっと荒い口調で言えば怯えてパニックになるで、使い処がない。
心に傷を負った半病人なのだから優しく立ち直りを助けてあげたいのは山々なのだが、同情だけでどうにかなる訳でもなく、かといって怪我や病気で動けないわけでもないので「働かざる者」に向けられる目には厳しいものもある。
立ち直る姿が見えないのは、助ける者も手ごたえを感じられず、かいがない。
感謝されるために親切にしているのではないが、死んでいるかのような視線を向けられるだけでは心が折れる。
「これは、難しいね。」
ネリーが唸るように言う。
「育てられるか?骨が折れそうだ」
「魔物討伐とか連れていったら、突っ込んでいって自殺しそうだぞ」
「単純な野草採集も・・・できるかな?・・これは」
「・・・・ここまで酷い状態の奴隷は、僕も見るのは初めてです」
おい、いつ隣に来た?ニコル。
「冒険者見習いになるのでしょう?だとしたら僕が適性を見ないと」
そういう理由で来たのか。ブレない奴。
そこへ一人の女性が走り寄ってきた。




