腹黒伝染中
領内の
「何しに来たの?」
「邪魔なんですけど」
「イチャイチャは他所でやってくれる?」
みたいな空気が伝わったのかどうか、王子一行は館に一泊すると翌朝出発していった。
あの調子で大丈夫なんだろうか。いろいろと。
そういろいろと。
こっちに降りかかってこなければどうでもいいけど。
「第二王子の視察」という超脱力系イベントも無事終わり、肩の荷をおろしていると兄が家族と家臣団を呼び出した。
現在のアマゾン領における最大限のブレーンの集結である。
とはいえ、メンバーは心もとない人数である。
妻達、成人を迎えた子供達を加えても哀しくなるくらい人材がいない。
しかし、メンバーを迎えた兄の目は腐ってもいなかったし、絶望もなく、ただ炯々と目を光らせ、わたし達を見回した。
「アマゾン領を支えるわが一族、わが家臣、よく集まってくれた。まずはわたしが留守の間と、こたびの第二王子と騎士団の来訪を、よくぞ乗り切ってくれた。礼を言う」
「お館様!」「めっそうもない」「ありがたき幸せ」
等々、声があがる。中には感極まって泣いているものまでいる始末。
家臣団の中で特に兄と一緒にホワイトランドの戦線へ出陣した部下達の、兄に対する心酔っぷりが半端ない。
戦場でいったい兄は何をしたんだろうか。
気になるところである。
「さて、皆、王都での成果を一日千秋の思いで待っていたと思う。
王国のわが領に対するもろもろの決定を含め、これからわがアマゾン領がどのように復興をめざし、いや復興だけじゃない、発展をもとげ、何を目指していくか、今日は話そうと思う。」
新しく併合されたという領地のことだろうか。
しかし、それにしては兄の物言いがなんだか重々すぎる気がする。
「皆が踏ん張ってくれたおかげで、王都では、たくさんの義援金、支援品、それに理解が得れた。わたしも旧知の多くの人々に魔物被害によるわが領の窮状を訴え、協力を取り付ける事ができた。
王国での決定は復興までの数年の間、王都への税は免除され、食糧の問題はこのアマゾン領に限っていえば、今年の分については約束された。」
領民から徴収される税には大きく分けてふたつの使い道がある。
ひとつは王都へおさめる分ともうひとつは領内の治政に使われる分だ。
王都側へ支払わなくていいのは助かる。その分を復興にあてられるからだ。
「言い方を変えれば、かならず数年のうちには復興をとげよということだ。氾濫前の状態に戻すのは並大抵のことではないと覚悟せねばならぬ。」
兄の表情は優れない、何か心配ごとのある時の顔だ。
「食糧については先程も言ったとおり、1年分、正しくは次の麦の収穫までは王都からの支援がある。税も免除になった。」
兄はだんだん苦虫を噛み潰したような表情になっていく。
「だが・・・復興支援費については・・・芳しい成果が得られなかった。戦争や紛争が続いた事で、国庫の状態が悪いのだそうだ」
家臣団から不満の声があがる。
「それでは約束が違う!わがお館様とわしらの先祖がこの領を賜った時、魔物の氾濫の最終の防衛ラインを命じられ、命を懸けてこの地を守れよとの事じゃった。
そのかわり復興費用については、王国が責任をもって援助するとの事であったのに!」
「時代が変わってしまったんじゃ」
「始祖がかわした約束も、もう何の効力ももたぬのか」
「遅れているだけだと思っておった。まさか反故にされるとは・・・」
「なんのためにわしらはここで命を張っておったんじゃ・・」
家臣達の口からも次々と不安と王国を非難する声があがる。
「その代わり、ということで、隣の王国直轄領のソルドレインをわが領にと賜った。・・・・・・・・・実質は褒美とはほど遠いがな」
兄はニヒルな笑みを浮かべた。
もうすでに、領民のほとんどが知っている事実だが、南隣の王国直轄領は壊滅的な被害がでた。
なにしろ国から執政を命じられて赴任していた代官が我先にと逃げ出してしまったからだ。
頭を欠いた組織はまともには機能しない。
ソルドレイン領は地獄のようなありさまだったという。
「これを見ろ」
兄、レーフェンは一枚の地図を広げた。
「王国側は、アマゾン領とソルドレインの統治で我々が手一杯になると思っている。たしかにそうだ。魔の森の領域が人の領域を浸食し、人の営みが行われる地は今回の氾濫で大きく後退した。が、このように・・・」
一本の色チョークで線を地図にかきこむ。
「今までは他の領にいくにも、魔の森を迂回せざるを得なかったが、ソルドレインのここを経由すれば、このとおり・・・」
おおっという歓声があがる。
兄の手によって新たな道が書かれたからだ。
「このルートは古き時代には交易にも使われたという・・・ほら、この先には海がある。魔物を魔の森側へおし返し、ここを手中に入れられれば・・」
ゴクリ、と誰かが唾を飲んだ。
兄の示した地図には希望があった。
「ソルドレイクが直轄領になったのは、魔鉱石の鉱脈があるのも理由だ。これらを利用できれば・・・」
「やつら、金を惜しんで、ソルドレイクを手放したのを後悔するでしょうな」
フフフフ、クックックといった押し殺した笑いが漏れる。
家臣達にも兄の黒い笑みがうつったかのようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
黒い笑みを浮かべ、地図を指し示しながら、何やら悪巧みをしているかのような家臣団を部屋に残し、兄と私は、兄の執務室にむかった。
じいと兄の腹心の部下ペンネとパスタも一緒である。
これから、王国より預かった親書や約束状などを確認するためだ。
こういった類の複雑な書状が読めるメンバーはたったこれだけ。
「やられましたな。お館様」
パタリと扉がしまるやいなや、じいがそう言葉にだした。
「うむ」
兄の眉間には私のものとよく似た縦皺が刻まれている。
「想像以上の狸であった」
こっちの世界での狸も人を化かすのである。
魔物の狸ではあるが。
「まぁでも、俺はお館様が言う通り、考え方次第だと思いますね」
ペンネは気楽そうに言った。
「鍵は、やはり魔鉱石の鉱脈と・・・獣人族の村とどう折り合っていけるか?でしょうか」
パスタは生真面目に言う。
早い話、二領分の復興を一領分の予算にちょっと色をつけただけで丸投げされたという事である。しかも、あとから褒美の形で押し付けられたソルドレイン領の方が曲者である。
ソルドレイン領には獣人族の村が混在し、多種族領独特の統治しずらさがある。
「しかも、食糧支援は無償じゃなくて、有償ですね。幸いと利子が乗っかるほど鬼畜ではないようですが」
私も国からの書類を開けてみて、ため息をつく。
兄はガバっと机に突っ伏した。
「そういう訳だ。何とか協力してくれ」
私達は顔を見合わせて頷いた。
元から一蓮托生、生涯運命共同体な仲間である。
「あたりまえ『ですわ』『です』」
声がそろってしまい、私達は笑いあった。
事態はそんなに悪いわけじゃない。
「そう言えばフローラ、あの侍従が、『迷惑をかけました。これは兵たちの食事分です』と言っていくらか金を置いていったんだが・・・・。」
兄はふと思い出したように言った。
ほう、ナイスフォローだな。でもただそれだけだが。
「『特に妹さんには申し訳ないことをいたしまして』・・・とか言っていたが、何かしでかしたのか?あいつ」
「王子殿下の婚約者であられるララリィ嬢の侍女になるようにと誘われたのですが、その時に・・・こうされたんですよ」
ドンっと壁に手をついてやる。
途端、兄の目が今までにないほど、見開かれた。
ついで身体がわなわなと震えだした。
「・・・ゆるさん」
兄は温厚な人物だったはずなのだが・・・。
・・・・・腹黒いけど。
「絶対、王国の連中にひとあわ吹かせてやる!」
モチベーションがあがったようで何より。




