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モブの恋  作者: 相川イナホ
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イケメンだとて赦されない事があるのです


壁ドン、床ドン、これで、女性がドキっとしてときめいてしまうのは、私事、フローラは吊り橋効果と同種ではないかと思っている。


吊り橋効果とは揺れる吊り橋を渡る時、揺れで心拍数が上がったりしたのを、恋愛のドキドキだと勘違いしてしまうとのような理論だったと思う。


これを聞いた時、人間てのもなかなか単純な作りなのだなぁと思ったものだったが、本来生物というのはこういった反射とか、生理的な反応とかに支配されているものなのだろう。

鮭の遡上とか、雄の縄張り行動だとか。


ただ、どんな生物にも好みがあるので、やはり吊り橋効果も「ただしイケメンに限る」だとか「好感のもてる異性が相手」というのが頭につくと思う。



現実逃避気味に、そんな事をつらつらと考えてしまうのは、現在進行形で壁際に追い込まれ、囲いこまれている最中だからだ。




「何故ですか?」


黒い瞳が私を捕える。両手を壁について囲われ、さながら気分は蜘蛛の巣にかかった虫のよう。

彼はさきほど私に壁ドンをかましてくれた、例の美男の侍従だ。



これは惚れなければいけない場面だろうか。


いやいやいや、この心臓のドキドキは、いきなり近くの壁を、ドンされた時の「びっくり」のドキドキなのだ、「生理的な反応」とかに嵌められてはならない。



「脅かすのですか?」


落ち着いたフリをすることが出来た。

赤面などしていたらだいなしである。


「手をどけて頂けます?」


「冷静ですね。ますます、欲しくなりました」


しまった、此処はうろたえて見せる場面だったらしい。


「私、行けません」


「何故です?それ相応の地位や名誉が、あなただけではなくご領地に残されたご家族にも、もたらされるのですよ。」


いったいなんだという話ですね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ですから、そういう心配をされているなら、ご年配の女性にお願いすればいいではないですか?」


「いえ、ララリィ様には同年齢の気の許せる存在も必要なのです」


 今、私がされているのは侍女のスカウトである。

 壁ドンはサブメニューだと思って欲しい。


 正直言って



   ご め ん こ う む る


 案の定、ララリィ嬢につけられた侍女は長続きしないようだ。

(ビッチぶりに退いて)敵になるか、王子に色目を使って解雇されるだとか。


 ばかばかしい、私はそんな暇人じゃないのだ。


 そんな暇があったら、ユリウスといちゃいちゃしたり、兄上や家臣達と力をあわせて領の発展について試行錯誤したいり、ネリー達「赤の牙団」と狩りを楽しんだりしたいのだ。


 何を好きこのんで、ララリィ嬢を中心とする恋愛のゴタゴタ(コメディー)にすすんで巻き込まれにいかねばならぬ?


「それにあなたは社交界にも出ておられないようだ。口幅ったいが、このままご領地にいてもよい縁談は望めないのでは?」


「結婚する気がありません」


 この世界では、女性は良縁に恵まれ、嫁ぐのが幸福であると考えるものが主流である。

 この美男も同じ考えのようだ。


「今は、咲き誇る花のように美しい貴女でも、歳をとって一人というのはお辛いですよ?いつまでも兄上に生活を見てもらうおつもりですか?一人で、このたおやかな手で・・・・え?たおやか?」


 彼は私の手を取ったが、剣ダコにびっくりしたようだ。たしかに女性らしい手とはいえない。


「私、狩りは得意ですのよ。よい仲間にも恵まれておりますので、いざとなったら自活もできます。それに、私は一人ではありません。子もおります」


 彼は目を見開いた。

「結婚・・されていたんですか」


 それには答えず、私は顔を伏せた。

「私の居場所はここです。お断り申し上げます。」


 いい加減息苦しいんだよ。放してほしいんですけど?



 バチッ


「ッ!」


 美男侍従は、手をはなし、蹲った。


 静電気に見せかけた、私の魔法だ。多分ゴムにはじかれた程度には痛い。


 女性に不用意に触るとは、失礼な奴だ。

 いくら見目がよくても、してはいけない。ウチより上位の貴族でも私は許容できない。


「私、殿方にはキツイ性格ですの」


 暗に、女だと思って見くびってくれるなと言ってやる。

 特にセクハラ男には容赦いたしませんよ。


 この私、フローラは易い女じゃない。ハニートラップなどに騙されてたまるものですか。



 過去にチョロい女だった事実には蓋をする・・・。



「そのお顔なら、ちょっと囁けば言うなりになる女性は多いのでしょうけれども、

ここは王都とは違うのです。うちの領をひっかきまわさないでくれます?」


 蔑みを含んだ瞳で見れば、黒い瞳が狼狽えたかのような色を浮かべて見返す。


「そんなつもりは・・・」


「被災地に物見遊山では来ていないとは言われましたが、どうなんでしょう?

女性にこうして脅しをかけてきたり・・・これが王都の流儀だと言われるのなら、私、『王都流』にはなじめませんわ。田舎者ですので」


 きびすを返して、その場を去る。


 尊大に見えるように、顎をそびやかして。


 擬音をつけるなら「ツン」として見えるように。




 ただ、自分でもわかってる、似合っていない。

 私の容姿はいまだ「チョロい女」。


 こうして実際、相手に舐められた時に思い知る。

 自分は都合のよい女、格下に見られていいように使われるキャラなのだと。





 「あーフルボッコしたい」


 つい黒いものが出てしまった。兄と兄妹なんだなと思った瞬間だった。



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