領内調査
「こうして二人きりになってくれるというのは、希望があるという事でしょうか?」
・・・・ないから、絶対ないから。
油断すると甘い空気に持っていこうとするニコルを押し返す。
近いから、近すぎるから。主に顔が!
「・・・・・・・・俺もいるんだけど」
ジルベールが憮然として言うが、ニコルの耳には聞こえていないようだ。
「僕は、貴女に子どもがいても構いません」
この世界でも子持ちの結婚は、大変なようだが、それを聞いて私は感謝しなくてはならないのだろうか?。
「私の兄はここの領主なのですが・・・」
「爵位をお持ちなのは兄上でしょう?」
「それにダフマン子爵家の養女でもあるんですが」
「子爵位をお持ちなのは養父のダフマン子爵・・・ですよね?」
だめだ話にならない。
遠回しに身分差を理由に断ろうとしているのだけれど通じない。
「ギルドマスターともなれば、支部長であれども貴族の子女と婚姻も可能なのですよ」
「いや貴方、まだ平ギルド員よね」
責任者とはいうものの、あくまでも平。ここはハイグリーンの冒険者ギルドの分室であって、冒険者ギルドアマゾン支部ではない。
「ここは必ず発展して、『冒険者ギルドアマゾン支部』になります。
何故なら、僕がここにいるからです!そしてここのギルドマスターに必ず僕はなります!」
後ずさって距離を稼いだつもりなのに、再び距離を詰められる。
「ハイグリーンのギルドで、うまくいかなくて、落ち込んでいた時、あなたの歌を聞きました。僕は思ったのです。これは僕のための歌だって。あなたの歌は僕を支えてくれた。
今度は・・・・僕があなたを支えたい。あなたが僕を支えてくれたように」
たしかに、私はハイグリーンのネリーの店で励ます曲とか応援歌ばかり歌っていた時期があった。
でも、あれは自分の境遇を嘆いてばかりじゃなくてがんばろうって、自分を励ますための歌であって、特定の誰かのために歌っていたわけじゃない。
そもそも、前世に流行っていた歌なのだ。
私の歌のおかげで・・・だなんて、だいそれているし見当はずれだ。
「えっと、あなたはまだ若いし・・・私なんか相手にしなくても」
 
元日本人の悪い癖で、物事をはっきり言えない。曖昧な言い回しになってしまう。
「『私なんか』って言わないでください。僕はあなただから・・・」
お願い・・・助けて。
誰か彼を止めて。
途方にくれてジルベールを見ると、彼は両肩を軽くあげて、「困ったもんだ」
のジェスチャーをしている。
「あのー。そろそろ出発したいんだけど」
ダンは面倒くさくなったのか、先にさっさと飛竜に乗っている。
「アマゾン分室からの初めてのクエスト、進めなくていいのか?」
「あ、そうでしたね。でかけましょう。では僕はフローラと一緒に・・・」
呼び捨てですか・・・
口には出していなかったけれど顔に出ていたらしい。
「僕も『赤の牙団』の身内みたいなものじゃないですか!」
「・・・・・」
いつ身内になった?ニコルよ。
「お前はこっちだ」
ジルベールに抱えられて、彼の飛竜に乗せられるニコル。
「僕はあっちの方が・・・」
指をささないで、指を。
「ニコルを乗せると竜が言うことをきかない」
「ジルベールと一緒に乗っとけ、それが一番安全だ」
言い訳ではないが、竜はとても誇り高いイキモノだ。
私ではニコルを一緒に乗せられない。
「仕方がない・・・ジルベールの運転は乱暴だから嫌なんだけど」
どの口がそう言うか。
ジルベールだからこそ、あの程度ですんでいるというのに。
ギルド職員として、竜の性質は承知しているだろうに、そんな事を言う。
「・・・・・・・・・・・・・」
無茶言わないで。
「今日は、どこを飛べばいいのか?」
地図を広げながらジルベールは聞く。どうやらさっきのニコルの言葉は聞いていなかったフリをするようだ。
「ここの空白を埋めたい。」
「そっち方面はヤタ川の支流が集中している。湿地帯とそれと中州が多いな」
狩りを続けているため、アマゾン領の地形にすっかり詳しくなったダンが言う。
「狩り的には沼ワニ討伐の続きになるわね」
話が私の事から離れたので、ホッとして私も口を出す。
沼ワニは時々、湿地帯から川を遡って住人の住まう地域まで出没し、被害をだしている。
ホーンガゼルのことがなくても、数を減らすべきだろう。
それに沼ワニの肉は美味しい。淡泊なササミのようで上質なたんぱく源でもある。
皮は鞄や小物入れの材料となり牙や骨はすり潰して粘土とともに焼くと固い耐熱性のある煉瓦になる。
捨てるところのない素材なのだ。
ヤタ川流域は支流が多く、湿地帯も多い。
つまり沼ワニの生息地である。
私達は『がちんこ漁』と、電撃で、闘う事なく沼ワニを狩った。同時に魚も大漁に捕まえる事ができたが、どうも川魚はドロ臭いイメージがある。
兄上が帰って来たら、泥を吐かせるための生簀造りの許可を出してもらおう。
ホーンラビットとアグリーベアの狩りのあと、ニコルは私達にある提案をしてきた。
ギルドの調査に同行してくれれば、報酬を支払うというものだった。
狩りのついででよくて尚且つ報酬があるというので私達は即決で彼の同行を決めたが、ニコルには無理を強いているのではないだろうか?
未だに「冒険者ギルド、アマゾン分室」に登録する者は少なく、彼のギルドはいつも閑古鳥が鳴いている。
私達に支払っている資金の出どころが気になるところだ。
「初期費用はハイグリーンのギルドから出ますから、心配なさらず」
どこのギルドでも立ち上げ時には、担当地域の調査をするという。
ならば甘えてもいいのだろうか?
だが、ニコルはギルドの調査というには専門的すぎるような調べ方をしているように思える。
「魔物や野生動物の種類や数はもちろん、地形だけでなく、植生や食物連鎖、気候、土地の性質までも調べるのか」
「そんなの基本ですよ」
ダンが後ろからニコルの帳面を見ながら言うとニコルはこともなげに答えた。
私達が狩りに勤しんでいる間、ダンがニコルを護衛している。
(・・・・ダンを園から引きずり出すのに骨が折れた。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて昼にしようか」
狩り中に空腹で何かあってはいけないと、この時だけはパンをお弁当にもたせてもらえている。
薄い粥をメインにしている他の領民達には申し訳ない気がするが、空腹がたたって狩り中に命を落とすのは避けなければならない。
私たちが狩ってくるので、肉類だけは何とか流通しているのだが、炭水化物も取りたいものである。
領民達はよく我慢していると言わざるを得ない状態だ。
私達はその辺を割り切って、食事をとる。
「おやつの材料もそろそろつきそう」
保育園を手伝ってくれる年長の子どもに渡すおやつ分の材料は是非確保したい。
おやつの菓子は砂糖が高価で使用できない為に、薄く水に溶いた小麦粉を焼いたクレープに似た皮に、干した果物をすり潰して餡のようにした物を挟んだものである。
せめて蜂蜜をかけてやりたいが、この世界では養蜂がまだないようなのだ。
それというのも、この世界の蜂が非常に攻撃的すぎるのもある。
いつか大人しい種類の蜂を見つけて、養蜂をこの世界に、いやアマゾン領に根付かせたいものである。
話がそれた。
いくら甘味が貴重だとは言っても、少ない対価で子ども達はよく働いてくれる。
彼らの存在がなければ、保育園の運営はうまくいかなかっただろう。
家臣団の奥方達がいくら無料奉仕してくれていると言っても、場所や消費される備品など金を食う。
こうして狩りに出るたびに野生の蜂の蜂蜜やら、果物やら甘味の元も狩ってくるのだが、
全領民には当然行き渡らない。
いずれは領民すべてがお腹いっぱい食べて、デザートを楽しむようになってほしいものだ、と思う。
いやそうしなければとも思う。
ぽそぽそしたパンを食べおえ、何気なく、ニコルの手元を見ていると、絵を書くために抜きとってきたらしい草に気がついた。
「そ・・・それ米だよね」
穂の部分に、かつては見慣れた粒がずしり、と実っている。
しかも、王都あたりで流通している細い粒ではない。
ふっくらと、しかも前世で見知っていた米より大き目だ。
「2種類の米を見つけましたよ」
NAISEIの材料が!!!
 




