親子の絆
「おかえりなさいませ。フローラお嬢様。粥でございます」
「いつもすまないねぇ」
つい前世での軽口が出てしまう。いけない自重せねば。
それにしても、肉は私達が狩ってくるからまだしも、粥はまた薄くなったようだ。
「かーちゃん!おかえりなさい。」
あれ?、ユリウスの私の呼び方が。
「保育園で、他の子どもに、何か言われたようで」
じいのヨーゼフが困ったように言う。
「僕、赤ちゃんじゃないもん!」
どうやら、他の子ども達に「ママ」という呼びかけ方は赤ちゃんぽいと指摘されたらしい。
「お母上様とおよびするのが正しいですよ。ユリウス様は他のお子達と違うのですから」
「どうしてなの?なんで僕だけ呼び方を変えなきゃいけないの?」
最近、ユリウスは「何で?、何で?」が多い。
これも成長のうちなのだろうか。
「ユリウス様のお母様はご領主様のご兄妹であり、ダフマン子爵様の家にご養子入りなされているのですから」
いつまでも天使のままじゃない。いつかは物心もついて、自分の出生について疑問を持つかもしれないとは思っていたのだが、その覚悟を新たにしなければならないようだ。
「ジャンもエレンも『かーちゃん』って呼ぶって言ったよ?」
「ユリウス様が将来困らないようにするためです。今は貧しくてそうは思えなくても貴族なのです。正しい言葉使いはたしなみですよ」
「たしなみって何?困るって何が困るの?」
彼の疑問はつきないようだ。
今は、他の子どものように自分の父親は魔物と戦って死んだと思っているようだが、いつかは聞かれるだろう。その時、何と答えたらよいのだろうか。
「キルシェ様もエルシー様もパトリシア様の事をそうはお呼びしていないでしょう?
ユリウス様もキルシェ様もエルシー様も他の子とは違うのです。お分かりでしょうか?」
従兄弟の名前を出されれば、ユリウスも黙って頷く。
けれど、彼の中では納得いかないらしい。
園では領主の子どもも、家臣の子どもも、領民の子どもも一緒くたに遊ばせている。
だから領主一族の一員で貴族なのだからと言われても腑に落ちないのだろう。
今は領内どころか国事態が不安定である。
だからこそ、学園を去った私ごときモブの行く末など気にするものはいないであろうが、詮索されたら困る身の上である。
一番いいのは、このままアマゾン領の子になりレーフェン兄上に名目だけでも養子にしてもらうことだろうか。
でも兄も主家であるダフマン子爵家の意向を聞かないで決める事ができない。
勝手に子どもを作って養家を出奔した私は、子爵家に何もいえない。
それに父親の事を聞かれたら、話さないわけにもいけない。
その結果、何が起きるか。
父親であるフリードのラズリィ侯爵家にユリウスを取られるのは我慢できない。
けれど、その前にフリードが、ユリウスを実子だと認める事があるだろうか?
あんなに私と関係を絶った後、無視してくれたのだ。フリード自体は進んで認めはしないだろう。
だけど・・・・
「ユリウス、貴族の嗜みや義務についてはおいおいとお勉強していきましょう。礼儀作法や言葉使いは私も厳しく教えられたわ。貴族なら誰もが通る道なのです。がんばりましょうね」
私は屈んでユリウスと視線を合わせた。
父親そっくりの『王家の青』が私を見つめる。
「はい、お母上様」
素直に返事を返す、我が子のやわらかな髪をなでる。
父親そっくりな金色の髪を。
顔の造作は私が7割、フリードが残りといった風であるが、体つきも手足の長さもついフリードを思い出させてしまう程、そっくりだ。
上位の貴族ならばひと目でフリードの血,すなわち「王家の血」が混じっていることを見破るだろう。
ユリウスの纏う色彩は、そういう色なのだ。
「いい子ね」
抱きしめるとユリウスも私の髪を愛おしげに撫でてくる。
全身から私を好きだと訴えてくる彼をいつか手放さなくてはならない時が来てしまうだろうか。
そんな事は考えたくもない。
「今日はどんな冒険をしたの?小さな私の冒険者さん」
話をかえれば、嬉々として話しだす。
私は目で、じいのヨーゼフに面倒を見ていてくれた事の礼をする。
彼は、背筋を伸ばしてお辞儀をすると私達親子の部屋から下がっていく。
なんだかんだで園に一番長い時間、子どもを預けているのは私なのだ。
今はユリウスと一緒にいる時間を大事にしたい。