帰郷
領地に足を踏み入れる。こんなにも寂れたような所だったろうか。
「フローラッ!」
城とは名ばかりの木造の庄屋作りっぽい建物から私と同じ白金の髪を短髪に刈り上げた男性が飛び出てきた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて目をぱちくりさせていると、じいが「お館様、ただ今戻りました」と挨拶をしているところを見ると私の父親なのだろうか?
物心ついた時にはダフマン家にいたので記憶が曖昧だ。
しかし父親にしては若すぎるような気がする。
「フローラ様。次兄のレーフィン様ですぞ。」
「あ、兄上?」
おそるおそる呼びかければ、その若者はデレっとした笑顔を浮かべた。
「大きくなったなぁ。フローラ」
アマゾン家は多産の家系である。次兄の他にも兄弟姉妹がわんさかいたはずなんだが。
「・・・つもる話は中で旅装を解かれてからがいいでしょう」
じいにそう言われて城という名前の木造建築に入る。この世界では石づくりの建物が普通なはずだが何か違和感がぬぐえない。
簡素な居間へ通される。
いくら辺境の騎士爵家でも、これほど質素とは。私の薄まった記憶とも違和感がある。
「実は魔の森が破れて・・・・」
実家の領地は辺鄙な立地にある。領地と接している「魔の森」と呼ばれる魔力だまりと隣り合っている。
魔力だまりの森からは定期的に魔物があふれる。
一説には太陽の黒点活動と活動が一致しているだとか魔王の存在もささやかれているがよくわかっていない。
我が領地は、それらを人間の国側へ溢れさせない役目も背負っている。
「まさか・・・」
つづく話に嫌な予感しかしない。私はぎゅっと着替えたばかりのワンピースの袖を握った。
「ちょうど、ホワイトランドとの戦争中でした。」
ホワイトランドとは、我が国の同盟国、例の天然タラシ王子の国だ。
「つまり、王国側の増援が来なかったと」
「ダフマン子爵軍は、粛清のため謹慎中で動けず・・・」
傭兵を私費で雇って派遣をしてくれたが、戦力はとうてい足りずに、父も長兄も幼い兄弟達も城に立てこもり奮戦したらしいが・・・・。
「善戦虚しく、、、、、、」
カルロス・アマゾン当主 死亡
エッダ・アマゾン当主婦人 死亡
コルネリウス・アマゾン長兄 死亡
シモン・アマゾン三男 死亡
エグモンド・アマゾン四男 死亡
ナタリー・アマゾン三女 死亡
7人いた兄弟姉妹の内、生き残っているのは、その時には嫁いでいた長女のミルダ、次兄のレーフェンはホワイトランドとの戦争に、徴兵されて国境へ出兵させられていて難を逃れた。
家臣達も大勢亡くなり、領民からもたくさんの死者が出た。
「母上はずっとフローラ、お前のことを心配していた。学園から姿を消した後、足取りが消えた後もダフマン家と連絡を取り合ってずっと探していた。だけど、お前の無事を知る事もなく・・・」
レーフェンはここで、話が出来なくなって口を奮える手で覆った。
嗚咽がその場に広がる。私も茫然自失して言葉がでない。涙が両目から溢れて床に染みを作っていく。
「領民の手前、領主一族が真っ先に城を捨てて逃げる訳にはいかない。・・・みんな城に立て籠もって・・・そして押し寄せた魔物達に蹂躙され、亡くなった」
重い話だった。
居間に入る事を許されたわずかな家臣達は男泣きをしている。
辛かっただろう、さぞかし無念だっただろう。
「赤の牙団」の仲間が鎮痛な面持ちで私の肩に手を置く。
ネリーは私を抱きしめ、ボロボロと泪を流していた。
幼いユリウスにはよく話が飲みこめないようだ。
しかし、幼い手で私とネリーの身体をポンポンとしながら舌ったらずの言葉で
「ママ、どこか痛いの?よしよし。イイコイイコ」と慰めてくれていた。
私はこの3年間何をしていたのだろう。
家族が大変な思いをしている時に自分の事ばかりにかまけていたのではないか。
あまつさえ、心配かけるだけ心配をかけたまま、逝かせてしまった。
後悔が身を苛む。
私はレーフィンに案内してもらって、かつての城があった場所に立った。
幼い頃に兄達にくっついて庭を走り回ったかすかな記憶がよみがえる。
庭には白い薔薇が咲いていた。母が花好きで庭を季節ごとの花で彩っていたからだ。
今は、城の基礎部分もむき出しに、崩れた壁や焼け落ちた梁や柱が野の草に埋もれていた。
弔いの花を供え、私は兄を振り返って決意を告げた。
「兄上、私はNAISEIする事にきめました」