落下
「きゃぁぁぁ、いやぁぁぁぁ!」
前方をゴブリンに担がれて行く、ララリィ嬢からはひっきりなしに可愛らしい悲鳴があがる。
普通はもっと切迫した叫び声になると思うんだけど。
とか思っている内に舌でも噛んだのか、静かになる。
木から木へ飛び移るゴブリンに、背中は見えたままだがなかなか追いつかない。
竜の背中から威嚇の魔法を打つが木の枝や葉にさえぎられて難しい。
(後方の人、早く追いついて)
祈りにも似た気持ちになってしまうのは、オークやゴブリンの持つ、忌まわしき繁殖の習性だ。
ララリィを餌に、もうひとつの苗床になり得る私も誘きだそうとしているならば、もうひとつふたつの罠が張ってある可能性もある。
誘い込まれてなるものか。
ゴブリン共の進行方向を邪魔して威嚇している内に、彼らの目的が北東の方向であるのがわかる。
そちらには、何があるのか。
だんだんと、周囲の様子が変わってくる。
何か嫌な予感がヒシヒシとするんだけど!
威嚇で進路をずらしてもずらしても結局北東の方向へと誘導されている気がする。
そこに何があるのか。
っていうか、
絶対何かある前ふりだわこれ。
斜め前、後ろ、頭上、右後ろ、左後ろ
せわしなく位置を変えてこちらを翻弄してくる。
ついイラッとしてしまう。
頭に血がのぼりそう。
いけないいけない。冷静になれ冷静に。
こういう時に「シムラシムラウシロ」ってなるんだよ。
つい、そんな事を考えて背後を気にしたのが悪かった。
…足元かっ。
我ながら迂闊。
言い訳をするならば、罠とかの探知はダンにお任せだったので、私の得意分野ではないのだ。
気が付いたときには乗っていた竜の足元が崩れ、私は竜の背中から投げ出され、落下していく。
急速に狭まる視界。
「あーやっちゃった」
落とし穴に落ちたようです。
私だけ。
どうやら竜の背中から投げ出されて、おっこちた模様です。
ダンジョンの中の罠みたいに底に尖ったものとかなくてよかった。
まぁ途中に張り出していた木の根にひっかかったのだけれど。
「いったぁ」
不意打ちだったので顎を打った。
そのままにしたら青タンになりそうだ。
地味に痛い。
まぁ回復魔法で直すんだけど。
頭上からはゴブリン達が遠くへ去っていく気配がする。
「くっそーー」
何であのタイミングで「シムラ…」って思っちゃったかなー。
我ながら馬鹿をしちゃった。
魔法で穴の周囲を固め、登るための足場を作る。
ロッククライミング用のような壁ができあがる。
階段状とかそんな精緻な魔法を使ったらあっという間に魔力枯渇を起こしてしまう。
できないわけじゃないんだからね!
足場に足をかけて、下を見る。
どうやら罠の類ではなくて自然にできた穴っぽい。
地面の下に地下水脈の跡とかがあり空洞化していて、そこの天井に穴が開いて一気に土砂が下に落ちてこの穴は出来たと思われる。
夕べの激しい雨も一役買ったに違いない。
奴らが掘った穴ではないかもしれないが、ここを通れば追手は地面に足を取られるとは計算してたっぽい。
こんな穴が開くとは思わなかっただろうが、見事に私と竜の足を止める事に成功したのだ。
偶然かもしれないけどね。
それほどの距離を落ちた訳ではないけど、垂直に登るって体力を使う。
クライマーは細身の人が多いらしいけど体重コントロールのせいだけじゃなく、ものすごいカロリーを消費するって聞いた事があったような。
こんな前世の豆知識もしっかり記憶にあるのが嘆かわしい。
もっと「男を見る目」だとか「お付き合いのセオリー」だとかそんな知識が記憶にあって欲しかった。
腕がぷるぷるしちゃうー。
太ったかな?それとも鍛錬不足?
地上では私の竜が私を甘えた声で呼びつつ落ち着きなく歩きまわっている。
雨のせいで地盤が弱ってそーだからやめれ。
「何をしている」
上から呆れたような声が降ってきた。
何って見てわからないの? 落ちて上がってるところですわよ!
「おねーさん!大丈夫?」
「ターメリック?連中は北東に向かった!あとは頼む!…すぐ追いかけるから!」
「大丈夫!この距離なら臭いを辿れるから!先に行くけど、おねーさんは無理しないでね!」
どうやら私の威嚇魔法もまったくの役立たずだった訳ではなかったらしい。
時間を稼ぐ事に成功して、フリード達が追いついてきたようだ。
続けて地上のあたりで人の気配がしたが、すぐに北東方面へゴブリン達を追って走り去ったようだ。
「よっっと…」
ようやく穴の淵に手が届き上半身を地上に乗り出させる事ができた。
「ゴブリンの後を一人で追跡するだなんて無謀がすぎる」
フリードが手を差し出してきたので捉まって引き上げてもらう。
「女の身にゴブリンやオークは…」
更に御小言が続きそうなので、視線をそらした。
そしてそらした先で愛竜の視線と目があう。
私に呼ばれたのかと勘違いをしたのか、心配していてくれたのだろうか、
竜が私達の傍に歩み寄ってくる。
「待って、こんな地盤のところにこんなに固まったら…」
「うわっ!」
「ちょ…また?」
今度は足元が大崩落を起こし、私達は今度は竜もいっしょに落下した。