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モブの恋  作者: 相川イナホ
ヘルドラ遺跡にむけて
120/132

クリストフの過去

 「まるで男のようななりだな」


 彼女の出で立ちが、オレにある人物を思い起こさせ、不愉快な気持ちになる。

 


 男装の女性というキーが開けたくない過去をこじ開けてくる。




 オレは小さな頃は気弱な性格だった。

 子どもの頃にその魔力の多さを見込まれて本家に引き取られたのだが、そこにはあの女…義姉であるレベッカがいた。



 「何、いじけてるんだ?できそこない。また魔力を暴走させたんだって?仕方がないからアタシが守ってやるよ。今日からお前はアタシの子分だから」


 まだ親が恋しい年齢だった。

 家族と引き離され、大勢の見知らぬ大人達に囲まれ萎縮してしまっても仕方ないだろう?


 「アタシがやる。お前はすっこんでろ弱虫。」


 オレは慎重な性格だった。

 オレが躊躇うと女はいつもオレを詰って立ちはだかった。



 魔術師の名門の家の本家にただひとりの娘として生まれ、甘やかされて育った義姉は分家筋から使用人まで、すべてを見下していた。


 「そんなんだから魔力制御が甘いんだ。負け犬が!泣く位ならもうやめるんだな」


 彼女は引き取られたオレに容赦なかった。

 オレが自分の魔力に恐れをなして練習が出来なくてぐずぐずしているとキレてそう詰った。


 「お前のような出来損ないにまかせるよりアタシの方がずっとふさわしい!実際そうだろ?」


 義姉はただ一人の女性の跡継ぎなので、魔術師として王宮に勤める事ができなかった。

 彼女の夢は彼の父と肩を並べて戦場で活躍する事だったが、その役割はオレに託された。

 そのことは一族の総意であったが、義姉には納得しがたいものだったらしくオレは何度もそのなじる言葉を聞かされた。


 「アタシの方がふさわしいのに…なんで!なんでだよ!」


 当主より跡継ぎ教育ー正確には跡継ぎを迎えるための伴侶教育がはじまっても彼女は彼女のままだった。 オレはあんな男女のところへ婿など来るものかと思っていたし、関わり合いになりたくなかったのだが 

 オレのやる事する事に当然のごとく口を出してきてかなりうっとおしかった。


 「最近はよくやっていると聞いている。クリス、成長したな。」


 「学園でどこの馬の骨のものともわからない娘に夢中になっていると聞いたぞ。クリス。

お前の本分は何だ?」


 「断罪の場にお前もいたと聞いたぞ!クリス!何を考えている!」


 

 男まさりの義姉。


女だてらに、魔術師を排出する名門の家を束ね、男のような物言いをし、当主のごとくふるまう。


短く切った髪。

男の着る服を着て。

荒い気性。

激しい自己主張。


彼女が張りきれば張り切るほど、周りの軋轢は増していき、彼女はそれに気が付かない。

そしてかつてのライオネル王子の婚約者の派閥に属し、ララリィをその苛烈な言動で追い詰めていた。


 「ただ着飾ってニコニコしているのが仕事だと思っているなら違うから。覚悟がない者はすっこんでなさい」


 オレは実際にそう言って、義姉がララリィに暴言を吐いているところを見ている。


 他の令嬢達だって、着飾ってニコニコしてるじゃないか。アンタのように苛烈で強烈な性格の人間のが

稀なんだ。

 

 自分が大多数の輪を乱しているだなんて露ほども思っていない傲慢な言いぐさに腹がたった。



 本当に嫌いだった。

 だから策をめぐらせ、彼女から当主相続の権利を奪ってやった。

 そもそもライオネル王子の想い人にきつく当たった考え足らずの身の程しらずなのだ。

 

 

 「…そんなにアタシが憎かった?こんな目にあわせるほど?」


 魔力封じの装身具を身に埋め込まれ、隣国の貴族の家に嫁がされる日、義姉はそう言って縋るようにオレを見た。

 魔力も親の力も頼めない余所の国で、オレや下のものに理不尽に振る舞ったように、婚家でもふるまえるか試してみたらいい。


 義姉はもう力も、何の後ろ盾のないただの小娘なのだ。

 ただ魔力を持つ子どもを産むだけの道具として扱われ、絶望すればいい。

 挫折を一度でも経験すれば、少しは足蹴にされてきた者達の気持ちもわかるかもしれない。

 その時になって後悔したって遅いんだ。


 オレの口はたしかに嗤いの形を取っていたと思う。

 だけど、かすかに胸が痛む。

 胸がすくかと思っていたが、後味の悪さでじくじくとする。



 嫌な事を思い出した。


 オレがしたことは間違っていない。


 


 だが、今の言葉はないだろう。

 彼女は義姉とは違うのだろうから。


 フリードが彼女を庇った。

 人にはそれぞれ事情がある。オレの知らない事情が彼女にもあるのだろう。

 オレは本来の性質を隠さなければいけない彼女の事情を知らない。


 「あ、いやそんなつもりじゃなかった。少し驚いただけで…」


 別に子女らしくないと責めた訳ではなかった。

 でも、どうやらそうとられてしまっても仕方のない言動だったと思う。


 魔術師隊にも女性の隊員は多い。

 だが、前線には出てこない。彼女達が前線に出るとしたらそれは王都が危機に陥った時だ。


 次の世代を産み育てるゆりかごとして、彼女達は後方に残される。

 平時とは違う状況では彼女達の身を守る事が困難な時がある。だから仕方のない事だ。

 今回は特に守るべき対象…ライオネル王子とララリィ嬢の存在がある。


 だから余計に他のものが足を引っ張る訳にはいかない。

 足手まといは不要だ。


 なのにこの領主の妹だという冒険者は、こんな危険な森にいるのだろうか?

 彼女はたしか有名な冒険者グループの一員で、指名の依頼で参加していると聞いた。

 領主の妹であるという情報はその時には知るべくもなかったが、義姉のような

出しゃばりの出たがりならばいらない。


 銀色の髪がさらりと揺れた。

 

  「避けられる面倒事は避けたい方なので」


 よかった、義姉のように「わたしが、わたしが」という性分ではないようだ。

 

 …たしかに山ヒルの対処法や、食事の準備など行軍に慣れた自分たちよりも手際がよい。

 属性も規格外な数を持っている。

 冒険者とは、こんな存在なのか?


 義姉も、冒険者にでもなっていたのであれば、異端分子として排除される事もなかったかもしれない。


 魔術師を多く輩出する名門の家の本家に生まれてしまったばかりに、不自由な事だ。


 たしかにそれは義姉の責任ではなく、彼女にもどうにもならなかったこと。


 オレははじめて義姉に対して憐憫の気持ちを覚えた。 

 


 


 



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