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モブの恋  作者: 相川イナホ
ヘルドラ遺跡にむけて
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頼れる中年達


 「また馬…ですな」

 「騎士はついでか」


 ピールはこのような場所だというのに平時の時のように美しく整えた口髭を指で触りながら言った。

 


 「まさか馬が好物とはな」

 「こんな魔の森浅いところには出てこないと言われていたんですがねぇ」


 ガスパは倒れてピクリともしない騎士のヘルムを脱がし首に手をあてる。


 「脈がある」

 「よござんした。若者が先に逝くのは順序が違いますから」


 サイクロプスに襲われた次の日、夜が明けるのを待って被害を受けて身動きができない者やはぐれて遭難した者達を捜索する試みがはじまった。

 

 「こっちはダメだ」

 「痛ましい…」


 息のある者はガスパが背負い死者は木を組んで作った担架に乗せ竜にひかせて彼らは集合地に戻った。

 死んだ馬は可哀そうだが、目印の旗を近くの枝に括り付けて置いていく。


 「か…ぁさん」

 

 ガスパの背負った青年が弱弱しく母親を呼ぶ。


 「もう大丈夫だ、若いの」


 「回復薬です。飲めますか?」


  意識が戻ったようだと判断してピールは小さな丸薬をその青年の口の中に押し込むと水筒の吸い口を唇にあてがう。


 こくりと喉が動くのを確認して、ピールは青年の身体が冷え切っているのに気が付いた。

 

 「もう少しの我慢ですからね。これを背中側にいれてあげましょう」


 腰のポーチより取り出したのは布で包まれた袋状のもの。

 赤の牙団所属のフロルが考案したカイロだ。


 「あたたかい…」


 中身は温めた赤い豆だ。非常時には食料にもなる。





 死者の数は少なかったがそれでも不運な者はいた。

 生死を分けたのは些細な差であった。

 しかし亡くなった者と生き残った者、その線の向こう側にいるかこちら側にいるかは無情ともいえる現実だった。


 鍛え上げた男達だ。

 声をあげて泣く者はいなかったが、隠れて袖で涙を拭く。


 ピール達が騎獣達の待機場所にと整えた土地は、あっという間に救護所と化した。

 冒険者に死傷者がいなかったのは、やはり魔物を相手した経験の深さだろうか。

 対して騎士団では筆頭の王子を含め幹部クラスが皆行方不明という散々たるありさまだった。


 死者を弔う唄が歌われる。

 気の毒な事だが、ここで亡くなった者はアンデット化しないために火葬されわずかな遺品のみが帰郷することとなる。


 「行ってクル」

 「頼んだわよ。ジルベール」


 昨晩より殆ど寝ないでテントの設営から負傷者の回収にと忙しく飛び回っていた赤の牙団の面々は疲れた顔をまだ若いドラゴニュートにむけた。


 「これをっ」


 冒険者ギルドの職員のニコルが袋をジルベールに向かって投げた。


 「中に要りそうなものを詰めておきました。フロルさんをお願いします!」


 明け方、フロルが乗っていた竜が空身で戻ってきた。

 何かあったのだと察しられるが、そう簡単にはやられないはずと仲間は信じていた。 

 同乗していた騎士の方に何かトラブルがあって、彼女はおそらく竜だけ帰したのではないかと思われた。


 捜索に向かうジルベールを見送る中年冒険者は大地に揺るぎなく立ち、その姿は頼れる親父そのものだ。 


 「レーフェン殿が差し向けてくれたアマゾン領軍が近くまで来てくれているのは朗報だな」


 追加食糧を運ぶ兵站隊とその護衛の隊が、割と近くまで来ている事はジルベールの報告でわかっている。

 今が一番性根を据える時で彼らが到着すれば一休みできる。


「魔力の回復具合はどうだ?」


「魔力回復薬の飲みすぎで腹がたぷんたぷんだ」


 回復の魔法をかけられる者はドーピングのしすぎですでにギブアップ寸前だし、その他の魔法を使えるものは地面を乾かしたり周囲に堀を掘ったりと忙しい。魔力酔いで倒れている者も多い。


 「王子についての情報はありませんか?」


 そこへ騎士団の魔術隊の副隊長であるエリアスとその部下がやってきた。

残った騎士達の中で彼が今一番地位も責任もある立場にいる。


 「気が気でないのはわかりますが、二重遭難は避けたい。それにあなたも本調子ではないようだ」


 魔力の使い過ぎで魔術隊の面々は皆魔力酔いを起こしており、エリアスの顔色も蒼白だ。

 よく歩きまわっていれるものだが、それは彼の責任感の表れであろう。


 「捜索は、冒険者達が手分けして続行中だ。あなたも少し休んだ方がいい」


 「いてもたってもいられなくて」


 「まぁそうでしょうね」


 「なぁ、今はあんたが指揮官だ。そのあんたが落ち着きなく歩きまわっていては部下達もおちおち休められんだろう?」


 「でも、何もしないでいるのも…」


 「馬の殆どがやられちまったんだ。歩きでどうこうできる程度か?この森は。

幸い冒険者の騎獣が温存されている。まかせればよい。」

 

 「それに朗報ですよ。エリアスさん。アマゾン領軍の兵站部隊が近くまで来ているそうです。」


 「えっもう?いやうれしい知らせですが、そんなに早く?」


 「まぁ地元だからな。俺らや彼らにとってここは」


 そもそも王子の率いる騎士団がノロノロしすぎだったのだが、それは言わぬが花というものである。


 (お姫様連れだしな。)


 が、エリアスを含めた騎士達の表情にはありありとその思いが浮かんでいる。


 「…と言うわけで、どっしりと構えていなされ。若いの」


 ガスパにしたら、今日は随分としゃべるなと、赤の牙団の面々は思っていた。

 彼も徹夜で少なからずランナーズハイ的な症状が出ているようだ。


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