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モブの恋  作者: 相川イナホ
ヘルドラ遺跡にむけて
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誰も気がつかぬ



 私達は身を寄せ合って立ったまま、奴の気配が遠ざかるのを祈るような気持で待った。


 突然雨足が強まったのと同じように雨が止むのも唐突だった。

 夜明けの光は唐突に、眩しいくらいの光量をもって瞼を焼く。


 座る場所もない惨状にため息をつく、

 どれだけ奴に怯えていたのだろうと我ながら呆れるばかりだ。

 あの時は、魔法を使う事によって奴に気づかれるのが本当に怖かったとは言え、奴の気配が消え、夜明けになって陽がさすまで、ただ怯えていただなんて。

 

 湿気てしまった木切れの表面を魔法で乾かし、湿った土の上に並べる。

 その上にマントを敷くと腰をおろした。

 まだ森の中は水滴と水たまりで移動するには適していない。

 お尻の下は座りが悪いけれど、ずっと立ちっぱなしだったのだ。

 腰を下ろして休める事にほっとする。


 魔道具の物入れより簡単な煮炊きをするための道具を取り出す。

 それと炊いてから干した米、干し肉、干した香味野菜も取りだす。

 湿気た焚火のあとを魔法で乾かし、そこで二人分の朝食を作りはじめた。


 「手伝おうか?」


 周囲の警戒から戻ってきたフリードが声をかけてきた。


 「そこの青い模様の器の調味料入れをとって」


 ぎくしゃくしていた私達だけど、事務的にしろ協力し合わないと生き残れない。多少なりとも関係は改善したというべきだろうか。


 「……」


 すぐに渡されなかった調味料入れに私はスプーンで鍋をかきまわす手を止め、フリードを見た。


 彼は目をほそめ、同じような調味料入れに、どれを取っていいのかわからず迷っている。


 「そちらの青い方…」


 紫色の模様の器を取ろうとしているのでもう一度告げる。


 「すまない。右のか左のか言ってくれ」


 「右の方…」


 色の区別がついていない?

 どういう事?



 思い出すのはソルドレインの市場でララリィ嬢のアクセサリーを選ぶとき、随分と顔を近づけていたことだ。

 あれはアクセサリーを吟味していたのではなく、色がわかりにくかった?


 少なくとも学生時代のフリードにそんな点はなかった。

 彼はドレスの色から私の瞳の色まで綺麗だと言ってよく褒めてくれていた。


 いつから?

 どうして?


 あの、コンタクトのようなものと関連があるのだろうか?


 「目が疲れているらしい。少し見にくいんだ。それになんだかゴロゴロして痛い」


 「睫が入ったのかもしれないね。診せてもらっても?」


 フリードの目のコンタクトっぽいものをちゃんと見るなら今かもしれない。

見たところでそれが何なのか分かるわけでもないが。


 私はポケットから目薬を取り出す。ついでに清潔な布も。


 他人に目を触られるのは嫌だろう。


 「こうやって、目の中に入ったゴミや砂を洗い流すの。やってみるから見ていて」


 私は自分の目に目薬をさしてみて、フリードの許可を待つ。


 彼は渋っていたが、引かない目の痛みにとうとう私にまかせる気になったようだ。


 「怖いかもしれないけど、目を閉じないで」


 彼をマントの上に寝かせ、上から覆いかぶさるようにして片手で瞼を開いた状態で固定する。

 なかなかうまく目薬がさせないが、どうやら一滴うまく目に入ったようだ。


 「つっ」


 瞼を閉じてしまいそうなのを押し留め、瞳を覗き込む。

 コンタクト状の膜は虹彩から少しずれた瞼側のところにあった。

 これのせいで痛かったのだろう。



 「じっとしていて、今とるから」


 綺麗な布の先を尖らせ。目薬の水分を布に吸わせつつ膜状のものを引き寄せる。


 「もうすぐ取れるから我慢して」


 フリードが身体を強張らせるのがわかったが、私は強引にそれを取る事に決めた。


 「大丈夫、ユリウスのもこうして取ってあげているの。怖くないから」


 彼が拒絶の反応を示す前に、私はその膜状のものをとり去った。


 指についたそれをしげしげと見る。


 やっぱりコンタクトみたい。



 もう片方の目も覗き込む。そちらにもコンタクトのようなものがくっついている。


 「ねぇ、フリード。目の様子は…どう?」


 彼は目をゆっくり閉じたり開いたりすると、まぶしげに私の方を見た。


 「何か…視界が新鮮」


 「片方ずつ手で隠して、見え方を比べてみて」


 「ん?」


 彼は、何度も片方ずつの目で私を見て、興奮したように言った。


 「すごい、視界が明るい。でも片方だけだ…なぜ…?」


 「実はこれ…」


 私は指の先にあるコンタクトのような膜をフリードに見せようとした。


 「!」


 が、それは空気を揺らめかせたと思うと消えてしまったのだ。


 「え?」


 「消えた…」


 コンタクトには似ているがコンタクトは空気に溶けたりはしない。

あれは魔導的な何かだ。


 「どうやら君にはいろいろと隠せないみたいだね。他の誰も気が付かなかったのに」


 フリードは不思議な目つきで私を見ていたが、観念したように項垂れると、ある事実を告白してきた。


 実は学園時代から少しずつ色の区別がつきにくくなっていて…心因性のものではないかと医者には言われていたと言うのだ。


 「…ありがとう。おかげでよく物が見えるようになった。医者でも治せなかったんだが君の魔法はすごいな。…君の銀色の髪も、碧の瞳の色も今度ははっきりとよく見える」



 治癒魔法で治したとフリードは思ったようだが、私はあの異物を取り去っただけだ。


 まだ片目にはそれが入ったままだ。



 というか、誰も気がつかなかったって…

 彼の目をしっかりと覗きこむものがいたのならば、あの瞳の異変に気がついたはずなのだ。

 例えコンタクトなどというものを知らなくても。


 (フリード、あなた、私と別れてから誰もその瞳を覗きこんだり、色が見えにくいなどと様子が変わった事に気が付いた人がいなかったの?)


 それは何と寂しい事なのだろうか。


 私はユリウスと話をするときにその瞳を覗き込む。

 熱がないか調子を壊していないか、何か問題を抱えていないか、」様子がわかるから。


 彼にはそういう心配してくれる人はいないの?


 ララリィ嬢は、フリードを振り回しているようだけど、彼の変調に気がつかなかったと言うの?


 何をしているの?

 彼女は…


 大事なひとの変調に気がつかないだなんて…。


「 色があると、いっそうと味わい深いな」


 私の作ったおじやを美味しそうに頬張るフリードがふと哀れに思えた。


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