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モブの恋  作者: 相川イナホ
ヘルドラ遺跡にむけて
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竜の背

「貸せ」


 騎竜のたずなを奪い取られ、私は閉口した。


 フリードとの関係はずーっとギクシャクしたままである。


 私も自分から譲歩する気がないので仕方のない事なのだが。


 いやいや、譲歩って何を譲るというのだ。今までも散々言いたいことさえも言わないできたのに。


 好きにすればいい。


 どうせ今までだって好きに生きてきたのだ。

 今更私なんかの言葉を聞く耳ももたないだろう。


 寸前まで集めた食材を魔法を使って加工していた疲れもあって、私はフリードと言い争う気もなくなっていた。


 諦めて、フリードの後ろ側へ乗ろうとするが、何故か前側の鞍を指し示される。


 よく分からないまま、前の鞍に乗ると後ろの鞍にフリードはヒラリと乗り移る。


 まぁ、学園時代から運動神経良かったからね…。


 いつの間にかたずなの綱の長さは長めに調節されており、ぼやっとしている内に鞍と身体を繋ぎ止める装着具の金具をフリードによって留められた。


 うん。手早い。そう言えばあの時も手早く脱がされたんだった。

  …嫌な事を思い出してしまった。


 首を振って過去のトラウマを頭の中から振り払っているうちに準備が整ったと見え、

 兵馬で進む増援の兵糧部隊より先んじて、私達はソルドレイン領を発った。



 魔力がまだ戻りきっていないため、生あくびが出る。

 魔力回復には眠るのが一番なのだが。


 背後のフリードが気になって気を緩める事もできない。


 「ゆっくり飛ぶ。寝てろ」


 「ゆっくり飛ぶ」、とは風避けの障壁を張る必要のないスピードで騎竜を飛ばすという意味か。

 「寝てろ」とはまぁ、私の魔力の残存が体感で半分以下に落ちていて、生あくびが出る程度のだるい状態を寝て回復させろという意味だろう。


 もしこれが、ゲームであるとしたら、私のゲージはイエローで、もう少し魔力が減るとレッドゾーンに行く位なのだ。


 生憎、魔力回復薬を限界まで飲んでいる為、これ以上ドーピングで何とかする事は出来ない。

 この世界の魔力回復薬は、ゲームのように飲んだ分だけ魔力を回復できるものではなく、あくまで回復がしやすい状態を作るものだ。


 この後は、空気中の魔素を取り入れ自分の魔力として馴染ませていくしかないのだが、一気にそれをすると強烈な魔力酔いを起こす事にもなり、またそのような事は、魔素の濃い場所でしか出来ない。

 よって寝て自然回復が一番なのだ。


 同じライオネル王子の取り巻きにワンコ魔術師がいるので、そういう事は慣れているのかもしれないが、だからと言って「では遠慮なく」とも出来かねる。


 逡巡していると肩を捕まれ、ぐいっとフリードの胸に寄せられた。


 身体をもたせ掛けろと言う事なのだろうが、不意打ちに身体が硬直する。


 「うっ硬っ」


 フリードはフリードで私の着込んでいるプロテクターの感触に驚いたようだ。


 「こんなに硬かったか…?」


 …何を思っての言葉なのかわかりませんが、それは私の生身じゃないですから。


 気まずい思いをしつつ、来た道を引き返す。

 いつの間に、この種の騎竜の扱い方を覚えたのだろうか。

 危なげない捌き方に関心するやら、何かモヤっとするやら。

 私がこの騎竜に一人で背に乗せてもらえるように認められるのにはけっこうな時間を費やしたというのに。


 そんな事を考えているうちにうっかり寝入ってしまったようで。

 私は夢を見ていたようだ。



 ハイグリーンでの日々。


 たった一人で子どもを産んで育てた訳じゃない。

いろんな人に助けてもらった。

 その頃、宿屋を経営していた「赤の牙」団の皆や町の人にも随分助けてもらった。


 私は宿屋の食堂で乞われるままに歌を歌っていた。


 きっかけは、自分を励ますために「元気が出てテンションのあがる歌」を口ずさんでいた事。


 最初は「元気のでる歌」を。


 こちらの世界では歌は、直立不動でオペラ風に朗々と歌い上げるか、吟遊詩人が物語に楽器で節をつけながら歌うものだった。


 歌詞の内容も歌謡曲的なものはない。

例えば


 「森の木の梢に小鳥が止まり、あなたは愛を囁いた。その時、風がその言葉の意味を私に運んだ。」


 ※直訳:あなたは取るにたらないありふれた愛を取り、その愛を選んだ。

私は噂にそれを聞いた。

 ※意訳:あなたは私との愛よりありふれた愛を選んだ。それを私は風の噂に聞いた。



 最初の歌の歌詞で、内容わかると思う?

 わかるのはよほどの歌劇好きなお貴族様とか裕福な人達だと思う。


 私が歌うのは歌謡曲だったり童謡だったり、とてもわかりやすい、感情移入できる歌詞だ。

 それが受けて大流行。


 さらに歌いながら、軽い振付もつけてみた。

 びっくりしたねー。

 ボックスステップ踏むだけで大騒ぎ。

 ツイストやジャンプ、回転などしたら口笛が飛んできた。

 調子に乗ってタップダンス的な物を披露したりバトンやリボンなんかも振り回してみた。


 その結果、音楽の女神ミューズとか呼ばれるようになってしまった時には非常に後悔した。むしろこんな程度のエンターテイメントで申し訳ないと床に手をついて反省した。


 だって、前世でのプロの皆さまのステージは、私などが足元にも及ばないクオリティなのだから。



 それで他人の曲のコピーばかりじゃいけないと、無謀にも自分で曲を作ってみた。

 その時に歌いたいと思ったのが「ミリア」という曲。


 兵士となって戦線に赴かなければならなくなった男の片恋の曲。

 その男の想い人の名前がミリアだ。


 このミリアという女性はかつてハイグリーンに実在した。


 パン屋の看板娘で気立てがよく、皆のアイドル的存在だった。

 ホワイトランドとの戦いの時、徴兵されていく男達は彼女を思い、彼女の存在を心の支えにして戦地に赴いていった。


 だが皮肉な事に、彼女は戦争が終わったあと、帰還した兵士が持ち込んだ流行病にかかって儚くも亡くなってしまった。


 「ミリア」は鎮魂歌でもある。

 ネリーのお店でこの歌を歌うと、荒くれの傭兵や怖い物知らずの冒険者達も一緒にそれぞれの大事な女性を想って泣きながら歌う。



 懐かしい ハイグリーンの店。


 私は歌っていた。


 乞われるままに。




 


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