食べ物の恨み
「うふふ。おいしくなーれ♪」
ピンクの髪の少女が、鍋の中身をかき回す。
力のない少女は上の方ばかりかき回す為、シチューは鍋の底の方が対流できず焦げはじめていた。
それに気が付かない少女は「出来た」と呟くと、嬉しそうに微笑んだ。
「はい。どーぞ、召し上がれ」
少女は器にシチューをよそっていく。
騎士達はでれでれと、少女の前に行列をつくる。
その行列のかなりしんがりの方へ、女性冒険者達は並んでいた。
「ねぇねぇ。パルメ、あれ、底の方が焦げはじめてると思うんだけど」
猫の獣人の冒険者のパルメが鼻をひくひくさせているのに気が付いて、別のパーティの女性冒険者のレダが声をかけた。
そのやり取りを聞いていた、「ラフポーチャ」のマリアの決断は早かった。
「やめた。やめた。私達の番が回ってくる頃には底の焦げたところしか残ってないよ」
食糧があんな事になって…ワイバーン襲撃の際にわかったのだが痛んでいたのだ…
なんとか残った食材や採集した食材で冒険者と騎士が同じ釜の飯を食べる事になったのだが。
「ないわー。さすがにないわー。そりゃ贅沢は言ってられないんだろうけどさ。味気ないけど非常用の携帯食食べた方がまし」
パルメもレダも、マリアに習えしたようで、さっさと列から離れる。
どの冒険者パーティも、もしもに備えて各自一日分位の携帯食は持ち歩いている。
「そもそも、食事係に任せておけばいいのに、なんでしゃしゃり出てくるかなーあのお姫様は、××××!むぐっ!!」
その時、何者かが駆け寄ってくる足音がして、ズサっと急ブレーキをマリアの所でかけた。そのまま口を塞がれ、マリアは何者かに拉致された。
「この失言魔がっ!」
マリアが自分を拉致した人物をおそるおそる振り返って見ると、青い顔をしたパーティリーダーの赤い髪の男がいた。
「ぶっ!むぐぐむぅぅー!」
鼻も一緒に抑えられてしまったため、息が苦しく、マリアは背後から回されたリーダーの腕をバシバシ叩く。
「なんでお前は話す前に周囲を確認しないんだ!」
赤い髪のリーダーっぽい人が慌てるのも無理はない。
日を追うごとに、騎士と冒険者の間の空気はピリピリとしてきている。
騎士達に聞かれないような場所まで、マリアを引きずってくるとようやく男は腕をほどいた。
「うっうっ。酷いじゃないのよ。ゼータ」
どうやら赤髪のリーダっぽい人の名前はゼータというらしい。
「だってさ、『わたしもお手伝いします!』って出しゃばって、邪魔ばっかりしてたんだよ、あの娘。お手伝いだって芋の皮を数個剥いただけなのに、全部手を出したような顔しちゃってさー。ユアンにも色目使うしー、何なのあの貴族の娘」
どうやらユアンと言うのはマリアと同じパーティメンバーの青年らしい。
マリアとユアンはよく似ている。兄弟なのかもしれない。
「それでもだ!俺達は平民。相手はお貴族様。頼むからその口を慎んでくれよ…」
ゼータはがっくりと膝に手をついて項垂れた、心なしかツンツンと立っていた髪まで項垂れているかのようだ。
追いついてきた「ケモミズ」のパルメと「カルロスミスと愉快な仲間達」のレダが顔を見合わせる。
言葉には出さないが、マリアと同意見のようだ。
「うちのルシアンや、『筋肉の饗宴』のサムもお気に入りみたいよね。カルロはおじさんすぎるのか、目もくれられていないようだけど」
レダは、くすくすと笑っている。
「構われるのが嫌で、『煌駆のジン』は近づきもしないよね。ユアンも適当に断りゃいいのに」
どうやらユアンは大人しい性格のようで、ピンク髪の少女に言われるまま、器にだんだん焦げの厳しくなってきたシチューをよそわれ涙目になっているようだ。
いい迷惑である。
「お貴族様も騎士さん達も味オンチばかりなのかしらねぇ」
「美味しいものばかり食べすぎて、舌がバカになったんじゃない?」
車座になって、各自の携帯食料をもそもそ食べはじめた冒険者の中にまざってポーチから干し肉を取りだす。
「あーあ。非常食に手を出すなんて初めてかも、なんだかんだ言ってゼータの目測がはずれた事なかったし」
「『なんだかんだ』ってなんだよ。俺、こうみえて緻密な計画たててんだぞ。まぁ見てろ、俺の予想だと…あ、ほら見ろよ」
ゼータが空を指さす。
一頭の騎竜が降下をはじめていた。
「あれはニコルさんと、ネリーさんとこのドラゴニュートだよ。って事はフロルさんはあっちに残ったんだ?…って、何を持ってきてくれたのかな?」
「たっべもの♪たっべもの♪」
「あ、まてよマリア」
冒険者達がいざという時に頼りにするのは、やっぱりギルドである。
ニコルは、そのギルドの人間で、ギルド長に最も近い男と言われている。
実際はアマゾン領が僻地すぎて、競争相手がいないだけなのだが。
竜からジルベールに手伝ってもらって降りたニコルは背中の背負子を下ろす。
「まず!これはギルドからです。ギルドはみなさんのサポートを必ずします!」
引出しから出したのはよくもこんなにもといった量が入った袋。
「フロルさんから扱い方はガスパさんが詳しいので聞くように言とわれています」
それだけ言うと、騎士団のいる方向へ向かって走り出すニコル。
本当は先にあちらを優先しなければならない、誰かに見咎められたらまずい事になる。
名指しをされて、ガスパは腕をくんだ。
「水がいるな」
「水なら俺が」
「わたしも手伝えます」
何処に今までいたのか、「煌駆のジン」が名乗りをあげ「カルロスミスと愉快な仲間達」のレダも手をあげる。
ガスパは頷くと、自分の持ち歩いている収納袋から大きな鍋を出した。
「湯をわかす。沸いたら皆自分のスープ用の器をもって集まれ、ふたになるような皿でもなんでもいいからあるともっといい」
「ならびな」
ネリーが声をかける。
食糧の節約のために、昨日一日、配給分を減らされ、腹ペコの冒険者達は大人しくネリーの前にそれぞれの器を持って並んだ。
やがて湯が沸くと、黄色い縮れた紐状の塊と、緑や黄色、そして茶色の混ざった粉末をその器の中に入れ、上から湯を注ぎいれた。
蓋をして暫く蒸らすと、それらはスープと麺になった。
「アマゾン領軍でも使用している携帯食だ。熱いから棒を二本用意してひっかけて食べるか、フォークに絡めて食べろ。喜べよ、領軍でも人気のメニューだ。おそらくアマゾン領軍の他に食べる事が出来たのは俺達を除いてはここにいる者達だけだからな」
ダンが見本を見せるために先に食べはじめると、そのいい香りに我慢が出来なくなったのか、皆がっついて食べはじめる。
「これって癖になるんだよね。罪な食べものを開発してくれたもんだわね。」
ネリーが麺を啜りながらに独り言を言うとピールも続けて言った。
「こうやって、音をたてて啜るのが何とも癖になりますな」
暫く、辺りには麺をすする音と、スープのいい香りがするだけで皆、夢中になって食べていたが配膳をし終えて、ガスパが自分の分を作っていると、食べ終わった冒険者達が、空の器を抱え込んだまま勢い込んで迫ってきた。
「「「これって、どこで手にはいりますか??」」」
そのあまりの勢いに、珍しくガスパがどん引いていた。