対決ーすれ違うふたりー 2
ーーーーーーーーーーーーー以下で視点が変わります
私を押し付ける相手が居れば、自分が責任を取る必要はなくなるとでも思っているのだろうか。
フリードには謝って欲しいとは思っていたが、責任をとって妻にしろだとか要求する気はない。
ユリウスの遺伝上の父親であるという事だけ認めてくれればいい。
もっと言えば、ユリウスが王家の落胤だとか変な風に勘繰られなければいいのだ。
「どうしてそんな事を聞くの?」
とげとげしい言い方になってしまった。
フリードはうすく笑った。何だか自嘲的な笑いだった。
「で、どうして欲しいんだ?」
投げやりにフリードは言った。
それを私に丸投げにするの?
ちょっと酷過ぎはしないだろうか。
知らず、表情が険しくなる。
今や二人の間には険悪な空気が漂い始めた。
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冒険者にしては小綺麗な男だなという印象があった。
マスクをしているので顔の造作が全てわかるわけではないが、目鼻の位置も非常にバランスがよく整っているのが見てとれた。
同性だと思い込んでいた。
だから、その正体が明かされた時の驚きを察してほしい。
かつて交際していた頃は、寂しげな表情が気になる子だった。
仲良くなってからは俺に全幅の信頼を寄せ、俺を頼ってきて笑顔を見る事も多くなったが。
年齢のわりに、ふとした時ににおい立つような色気のある少女だった。
彼女を手折ってしまったのは、たしかに自分が浅はかだったと思う。
「あの子から誘惑してきたんだ」
婚約者がいる癖に、彼女に付きまとっていたあの男はそう言った。
だから「そういう子」なのだと自分に言い訳をした。
強引に関係を持ったあの日、あの子は泣いた。
はじめてだったと知った時にはもう遅かった。
多分、自分が受けた行為の意味もよくはわかっていなかっただろう。
ララリィと出会う前の俺は荒れていた。
出会う女性達と好ましからざる関係をもち、一夜の夢で憂さを誤魔化していた。多くの女性達とはある意味自分と似たようなところがあった。
刹那的で、享楽的な関係は長く続かなかったし、俺も彼女達もある意味お互い様で同じ穴のムジナというべき関係だった。
だが、彼女の事は違う。苦い思いが胸に甦る。
これから咲くところだった花を蕾のまま手折ってしまった。
手折ったものの、活けた器の中でだんだんと咲きほころび、長く咲き続けて欲しいと願ったその蕾は早々に萎れて項垂れてしまった。
だから考えないようにしていた。
俺が摘んで枯らしてしてしまったその蕾のことを。
その頃にララリィと出会っていた事も大きかったかもしれない。
彼女は俺の抱える問題によりそい、真剣に俺と向き合ってくれた。
俺の太陽。俺の女神。俺のすべて。
俺の視界にはいつもララリィがいて、微笑み、俺の傷ついた心を優しく包んでくれた。
俺の耳は彼女の声だけを拾い、求め、渇望した。
時が移ろい、再び向かい合ったかつてのあの少女は、別人のようだった。
そこに少女の柔さはなくなり、成人した女性のしっかりとした気丈さが宿り、俺のことを見つめていた。
聞けば、冒険者をしているという。あの儚げな少女のどこにそんな要素が眠っていたというのだろうか。
本当に同じ人物なんだろうか。
「君は変わった。危険な所へ自分から行くような子じゃなかった」
「もう「子」なんていう年齢じゃありませんわ」
「年齢のせいじゃ…そうじゃなくて性格的に」
「私をどんな性格だと…そう思っていたの?」
他の少女の婚約者だという男に付きまとわれ、怯えていた。
実際に、養父であるダフマン子爵からの使者だという嘘で呼び出され、危うく誘拐されるところを救った事もある。
その子がまさか剣をふるい、魔法を使い、ワイバーンと戦うような子になるとは。
子どもを産んで変わったのか。
それにしても、信じられないような変わりようだ。
比べて俺はひとつも進歩していないのに。
「あの子は特徴的な容貌をしています。このままだと、どこの系譜かと噂になるでしょう。無用な誤解を与えたくはないのです。その協力を」
「たしかに、この色は王家筋によく出る色だ。俺から受け継がれたとわかればいいんだな。」
俺が荒れていた原因も他ならぬこの髪の色と瞳の色だ。
父とも母とも違う、他の兄弟とは明らかに違う色。
心ない母の不義の子だという噂。
俺の存在が父と母の仲をぎくしゃくさせ、母は心を病む事になり、結局短い一生を終えざるを得なかった。
兄弟は母の命を縮めた俺を疎み、生家には俺の居場所はなかった。
俺の本当の血筋がどこから来たのか誰も明らかにしてくれなかったが、彼女の産んだユリウスという子どもの血筋は俺が保障してやれる。
俺から受け継げられた色、俺とよく似た容姿。
そこには疑いを挟むような余地はなく、そのあまりにもしっかりした証拠に皮肉を覚える。
いいだろう、ユリウスというその子どもには、俺のような不確かなルーツは与えられない。
俺と彼女との子どもで間違いないのだから。
「他に望みは?」
「他には何も」
それにしても、彼女は変わった。
萎れてしまったと思った花は、荒野で凛として咲いていた。
学園という温室の中で蕾をつけたはずなのに、遠くに運ばれ、いつの間にかその地に根を下ろし、再び花として咲いたのだ。
「誰かいい相手でもいるのか?」
やめろと自分の中で自分が俺を押し留める。
どんなに美しいと思った花でも、咲いていた場所から摘んで、俺のいる場所を移したとたんに、その輝きを失うのを何度も見てきたはずだ。
俺が摘んでしおらせてしまった蕾をこんなにも凛々しく咲かせてみせた誰かを探ってみてどうなる。
「どうしてそんな事を聞くの?」
彼女の表情が険しくなった。
たしかに踏み込みすぎたかもしれない。
けれど、ここに来る前にギルド職員の男と気安く接している所を見ている。
竜の背に居る時、何であんなにくっ付いているのかと不思議に思ったのだが、
同性同士なら不自然な体勢も、片方が女性で、もう片方がその女性に思いを寄せる男なら理解できる。
冒険者の中にも、彼女と距離の近い者がいた。
強くて、美しく、艶めかしい、そんな彼女に惹かれる者達が。
…俺に子どもを押し付け、自分は好いた男とでも添うつもりなのか。
自然と表情が険しくなる。
「で、どうして欲しいんだ?」
返答次第では許さない。
子どもを俺の実家の侯爵家に押し付けて、自分だけ楽になるつもりか。
見捨てるつもりか。
王家の血筋にしか現れない、この眩しいまでの黄金の髪と王家の青の瞳。
そんな自分ではどうしようもない稀有な色彩を持って、王家以外に産まれてしまった子どもを、悪意ある世間の波に放り出すのか。
その子には悪意に抗うような力などないのに。
俺はいつの間にか自分の鬱憤を、目の前の女に重ねていた。