対決ーすれ違うふたりー
「そのまさかです。兄上」
私は仮面をはずしつつ、答えた。
いつ気がつくかとずっと気が気でなかったのだが、結果は促されてようやく…。
ここまで鈍いとは想像もつかなかったが、彼の心の中は昔の元カノではなくララリィ嬢の事でいっぱいなのだから、ある意味おさっしと言うべき所か。
「え?」
フリードは再び間抜けな声を出した。
美形がすっかり台無しだ。
「あまり猶予がないぞ。王都では信じられない事が企まれているらしいからな。事はラズリィ侯爵家とうちだけの問題ではなくなりそうだ。しっかりしないと流されるぞ」
「それは…どういう?」
「第一王子が融和案を出してきた。多くは第二王子派が放逐した貴族勢力の復活だが、…フレンチェ伯爵家ゆかりには優秀な人材が多かったからな。その中に婚姻による勢力調整が含まれている。第二王子派の君には、真っ先に白羽の矢が立つだろうよ」
「勝手ですね」
呆れて言えば、フリードの口がやっと私の名前を呼んだ。
「フローラ…」
ここまで長かった。
そこまで忘れ去られていたというべきだろうか。
皮肉めいた笑みが口元に浮かぶ。
「話し易いように私は退出するが、妹にこれ以上不実な事をしてくれるなよ、…竜麝香について調べてくる」
兄はフリードに念を押すと、私にそう言って退出していった。
足音がだんだんと遠ざかっていく。
「…君だとは、まったく思わなかった」
まぁそうでしょうね。ドレスを着て、貴方に頼りっきりだった小さな女の子はここにはいないものね。
フリードと別れたあと、私の身長はまだ伸びたし、冒険者もやった。
現在だって冒険者の恰好だ。胸もさらしでつぶして、中には男性に見えるように骨格を誤魔化すサポーターまで着込んでいる。
これで、貴族令嬢を思い浮かべろとか無理難題だとは思う。
「兄より、今回の作戦に同行していると…聞いていたはずです」
探しにも来なかったけどね。
「……それを見分けろと言われても違いすぎる」
お、抗弁した。
一応は探しては見たと言いたいようだ。
「何故…」
言いかけてフリードはとまどったように黙った。
今更だ。
「危険すぎるだろう。もう行くな。ここにいろ」
代わりにそんな事を言う。
「あれに加わったのは『冒険者としてのフロル』としての指名依頼のせいです。ギルドを通した王家からの依頼ですから」
暗に断れないのだと告げれば、フリードは唇を噛んだ。
再会はぎくしゃくして、寒々しいものだった。
「君は変わった。危険な所へ自分から行くような子じゃなかった」
「もう「子」なんていう年齢じゃありませんわ」
「年齢のせいじゃ…そうじゃなくて性格的に」
「私をどんな性格だと…そう思っていたの?」
ついつい責めるような口調になってしまう。
この男は、「子どもができたかもしれない」と相談したかった私を、物分りの悪い女扱いしてずっと避けてきたのだから。
自嘲的な笑いをフリードは浮かべた。
疲れる。こんな話を私は望んでいたわけじゃない。
でも、この男は謝るような気配すらみせない。
涙が出てくる。いやだ、この男の前では泣きたくない。
「あの子は特徴的な容貌をしています。このままだと、どこの系譜かと噂になるでしょう。無用な軋轢による不利益を与えたくはないのです。その協力を」
「たしかに、この色は王家筋によく出る色だ。俺から受け継がれたとわかればいいんだな。他に望みは?」
「他には何も」
嘘だ。心の中では「謝ってよ!」ともう一人の私が泣き叫んでいる。
それをもう一人の自分が「もう諦めろ」と感情をおしこめようと苦労している。
「誰かいい相手でもいるのか?」
何故そんな事を聞くのだろうか。子持ちの未婚の貴族令嬢などにそんな縁などあるはずもない。
ああ、私とは縁切りにしたいという事か。