泣いていたって次の日の朝は来る
傷心、ハートブレイク。
前世の記憶が戻ったからって、それまでのフローラが新フローラとか改フローラになったからって、それまでの私がリセットされたわけではない。
このジュクジュクと胸を痛めさせる心の傷は、きっと一生私が付き合っていく物になるであろうと想像がついた。
というか、現在進行系で辛い。
「また泣いているのかい」
水差しの水を足しに来てくれたおかみさんは、ボロボロと泪をこぼす私を見て呆れて言った.
「お、おがみ゛ざんだって、ヒック、飲むとこうな゛る゛んじゃ、グスッないですか」
ズビズビと鼻をすすりながら私は抗議した。
もうやだ。イケメン怖い。ハイスペックな男はこりごり、フローラじゃ釣り合わなかったんだよ。だけど別れぐらいちゃんとしてくれたって良いじゃないか。
妊娠をたてに結婚を迫るとか、そんな女じゃないのに。会ってくれないどころか話も聞いてくれないとか、あの甘い言葉の数々は何だったのか。
あんな風に関係をブチっと切れられてどんなに不安だったか。
最初からその程度にしか見られてなかったのか、私はそんな軽い女だったのかと
そう思いだしたら泪が止まらなくなっていたのだ。
たぶん、産後でホルモンがアンバランスな事もあった事もあると思う。
「あんたが泣いているのを見て、あたしもこうなのかと思って、もう酒はほどほどにしとこうと思ったところさ。まったくうっとおしいったらないね」
「わ゛たし・・・うっどおしいがら、あ゛んな風に捨てられたのかな。ううぅ、そんなうっとおしかったのかな。うわぁぁん」
私はギャン泣きに入った。
「ああもう、そんなに泣いたら目が溶けちまうよ。男なんてもんは、勝手な生き物さね。・・・ああ、なんかあたしも哀しくなってきた。男なんて男なんて・・・・」
何故かもらい泣きでギャン泣き2に入ってしまったおかみさん。
女二人で、「男なんて!」とか「勝手なんだから」とか「ウブな女を騙して弄びやがってあの人でなし!」とか泣きわめいていると階下から「うるせえぞ!」とドスのきいた男の声がして足音がゆっくり上がってくる。
「俺に言わせりゃ、女の方が身勝手なイキモンなんだが、ああ、もう泣くなよ。しめっぽくて客が逃げちまう。ほれ赤ん坊までギャン泣きじゃねぇか。・・・・そろそろ乳の時間じゃねぇか?」
ゴツイその男の手には哺乳瓶のようなものが握られている。
中にはあたためられたミルクが入っているが見えた。
彼はこの居酒屋の料理人兼用心棒だ。最初おかみさんと夫婦なのかなと思っていたのだがそうではないらしい。強面な外見と反してけっこう世話好きで人が良い。
「あ゛ありがとうございま゛ず。本当にお世話がけま゛ず。ガスパざん。うっう゛ぅ。グスグス」
「嬢ちゃんのせいじゃないと思うぞ。何度も言うが悪いのはその男だ」
ミルクの温度を確かめつつ私の頭をポンポンと慰めるように軽くたたいてくれる。
「こ、今度、恋愛をする時にはガスパざんみたいな、ひ、人にします。グスグス」
ガスパさんは微妙な表情をして「俺の娘みたいなのにそう言われてもな」と言う。
「いつまで泣いてるんだネリー。いくら客が少ないからって言っても油売りすぎだ。ほれ店にもどるぞ」
ギャン泣きしているおかみさんの襟首をひょいっと持つと引きずって部屋の外に連れ出す。
けっこうな力持ちですね。
「惚れた男に捨てられたあたしの気持ちなんて誰もわかってくれない。どうしてあたしを置いて行ったんだよ。ダン!うぁぁん」
「酒もはいらない内から絡んでんじゃねーよ。ほれ、あとで聞いてやっから店もどれ。な?」
泣いているおかみさんを宥めつつ、ガスパさんは階下を降りて行った。
「あ、洗濯ものは廊下にだしときな!いまは身体を休める方が大事だからね!」
我に返ったらしいおかみさんの声が聞こえる。
「それを言いに二階に上がったのに、まだ言ってなかったのか」
再び呆れたようなガスパさんの声。
「だってあの子泣いてたんだよ!一緒に泣かないっていう方があるかい・・・グスグス」
「・・・・なんでそうなるのか、よくわかんねぇんだが」
捨てる神があれば拾う神があり。
この二人に出会えた事の幸運を私は噛みしめた。
人生捨てたもんじゃないよね
前世で流行っていた曲の一小節を思い出す
泪は止まらなかったけど、私はその歌を口ずさんだ。
それを聞いていたおかみさんがその曲を覚えて、店で口ずさんでいるのをお客さんが聞きつけて、頼まれて、私がお店で歌を歌うようになるのは、それから暫く後のこと。
感想、ブックマークありがとうございます。
拙い話を読んでくれてありがとう