無機質な世界と刃と声
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初めて投稿しました。処女作です。
時間つぶしにでもなれば幸いです。
ただただ広い草原。視界を遮るものが何一つない、地平線さえも見ることが叶うほどの、ともすれば距離感すら失いかねない広大な大地。空は雲ひとつ見えない完璧な晴天である。穏やかな、穏やかすぎる異質な空間。空にも大地にも何もなく、360度全てに地平線が見え、山や丘どころか凹凸すらも存在しない、不気味な空間。
そんな無機質な空間に存在する二つの有機物。着物を着た白髪と黒髪の二人の男。その二人が対峙していた。刃を向け合いながら。
白髪の方の顔には深い皺が刻まれており年齢を感じさせるが、服を内側から押し上げるほど筋肉は盛り上がっていて、若々しさが伺える身体となっている。太い足はそのまま根となり体を支え、右足を前方に出し刃渡り30cm全長2m50cmの大薙刀の中ほどを右手、石突に近い部分を左手で持っている。腰だめに構えられている薙刀の刃先は相手の鳩尾を中心に小刻みに動いていた。
一方、黒髪の方の容貌は二十代半ば。顔は優男風味で全体的に線は細く、体の厚みは比べるべくもないが、背筋は張られ体の軸にぶれは見られず貧弱さは感じられない。眼光は相手の挙動を見逃すまいと全体を鋭く見据えている。足は肩幅に開かれ膝は少し曲げられていて、右足を僅か前に出し、ずらした両足の爪先に体重を均等に掛けることによりどの方向にも動くことを可能としている。左腰には黒塗りの鞘が挿されており、握られている刀身60cmの刀の切っ先は正眼からやや下方向きに構えられ微動だにしていない。
両者の距離は3m。刀には遠く薙刀には近い距離。白髪が一歩前進すれば黒髪は一歩後退し、間合いは一定に保たれている。その両者の間に流れる張りつめた空気は常人の立ち入りを許さず、されど何か切っ掛けがあれば、両者の意図と関係なく容易く変わってしまう脆さを含んでいた。幸か不幸かこの場は今、人も動物も木も木の葉も雲も、風すらも存在していない、極めて異質な空間。この空気を変えるのはただこの二人のみ。
あとは、どちらかが先に動くだけ。
永遠に続くかもしれない特異な空気。その終わりは思いのほか早く来た。
先に動いたのは、白髪の老人。左足は強く地を蹴り、右足は深く踏み込み、細かく鋭く腰を回す。薙刀の切っ先を掬いあげるように伸ばし、喉元を狙う右からの払い。鳴るは空気を裂く音のみ。
黒髪は踏み込みに素早く反応し、一歩後退。加えて上体を反らすことにより、切っ先が届かない範囲にまで下がることができた。そして持っている刀を鋭く右下に振るう。響く金属音。
老人はさらに一歩足を継いで、空振りになった薙刀の軌道を曲げ、黒髪の右足の脛へと狙いを変えてきたのである。薙刀の脛切りを警戒していたため、黒髪はあらかじめ刀を下向きに構えていたのだった。刀をそのまま上から押さえ込み薙刀の自由を奪う。
噛みあう刀と薙刀。ここで長物が不利に働く。梃子の原理が働き、薙刀を持ち上げることができなくなる。黒髪が刀を薙刀の上を走らせ右手を斬り裂こうと力の向きを変えたまさにその時、老人は薙刀の柄に滑るように潜り込む。力の支点を背中に移すと同時に、右足の踵で薙刀の柄を蹴り上げ、刀を弾き飛ばす。
刀に釣られ体勢を崩されかけるも、辛うじて耐えきり刀の制御を取り戻し、老人に向けて振り下ろす。老人も右足を振り上げた不安定な姿勢から右に跳躍し、しかし完全に回避する事は出来ずに、左の脇腹を浅く斬りつけられた。老人の口から苦悶の声が漏れ、よろめきながらも向かい合うように着地。
黒髪は追撃を掛けるべく、斬り下げた刀を下段に構え間合いを詰めていき、直後急停止。老人は後方に倒れ込みそうになると、石突を地に差しバランスを調え、薙刀に伝わる反動すら利用しての刺突を繰り出したのだ。穂先は黒髪の目前まで迫り、素早く老人の手元に引き戻された。黒髪も中段に構え直す。
そして状況は振り出しに戻る。この短い時間で変わった点は、老人に着いた僅かな傷のみ。だがその僅かな差が今まで受け身の姿勢で、後の先を取っていた黒髪の青年を動かした。
両者一息を吐く。瞬間、黒髪前進。
膝の力を抜き、重力の助けを借りて一気に近づく。地を這うような前傾姿勢で進む黒髪を迎撃すべく、右足を強く踏みしめ、顔面への突きを放つ。黒髪は斬るのではなく、叩きつけるように横から刀をぶつけた。薙刀は老人の右手方向へと流される。
老人は薙刀が流れていくのを止めることが出来ない。老人の左腹に着いた傷が踏ん張ることを許さないのだ。斬り返すことは不可。勢いは殺せない。ならばそれを生かす。利用する。
地を蹴り後ろに跳びながら、薙刀と同じ方向に体を一回転する。手の位置を変えて、間合いを短く調整する。重心が回転軸に近づき速度が増す。薙刀の流れに乗り、勢いを乗せて、遠心力を乗せに乗せた、最速最強の薙払いが放たれた
最速最強の一撃は、されど最短ではなかった。脇腹に負った傷により、最短の斬り返しではなく、体を一回転するという無駄を含んだ薙払いを選んでしまった。文字通りの遠回り。
故に、この一撃は、止められる。
回転している隙に黒髪は距離を詰めていく。回転して背中を向けたその瞬間速度を上げる。老人が後退した分より二歩、老人が予測した分より半歩多く間を潰した。その半歩は刃からは逃れ、老人が生かした力を殺していく。
迫り来る薙刀。衝突音。金属ではなく、堅い木を打ち付けあったような乾いた音が。老人の薙刀の柄と、黒髪が右の逆手で抜いた黒い鞘がぶつかった。近づいた分だけ薙刀の力を伝えきれず、腕に沿うように置かれた鞘に勢いを完全に止められたのだ。老人の表情が驚愕と、歓喜に彩られていく。
そして黒髪の左手が動き、刀が振られ、老人の首を捌いた。
渾身を止められ晒されたその隙を逃すことなく、鉄の刃が首の動脈を食いちぎった。吹き出た赤い雫が黒髪の全身を汚していき。
『プレイヤー1の死亡を確認しました。プレイヤー2の勝利です。おめでとうございます』
死闘の後にはとても似合わない無機質な音が、無機質な空間に響き渡った。
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