爆炎
9
「おいおまえ、だいじょうぶか?」
女が言った。
ヒトの形をしているが、猫のような耳としっぽが生えている。
灰色の髪はぼさぼさで無造作だ。頬からはヒゲがのびている。
そのヒゲはどこか女性的で、チャーミングな魅力があった。
「だいじょうぶなようです」
おまえは答えた。
立ちあがり、伸びをする。
問題なく、身体が動く。
「だいじょうぶです」
おまえは再度呟いた。
「あんななんなんだ?
殺しちまったかとおもったぜ」
「なまえ、コッペリウス? いや、違う」
それはたしか、羽の生えた男のなまえだ。
「コッペリウスだって?」
猫女はびっくりしたように、毛をそばだたせて言った。
コッペリウスという言葉に聞き覚えがあるようだった。
「いえ、ちがいます。それは以前会った人の名で、ボクのなまえは、べつのものです」
「そうなの? ふーん、でなまえは?」
「おもいだせません」
「おいおい
きなくせえな。
ユーユクの将軍様の名を言ったかとおもえば、なまえを覚えてないって?
……前を隠しなよ、みっともない」
「あ、ああ。服がないんですよ」
おまえは股間を隠さない。
堂々とした仁王立ちである。
下手に隠す方がみっともないだろうと、おまえはおもっている。
「しょうがねえな。
オレの着替えを貸してやるよ。
ちょっとまってろ」
そう言って彼女は巣を出て行った。
巣には焼けこげた一角狼の死体が転がっていた。
個体の区別はつかない。
せっかく覚えたのに、とおまえは少し残念におもった。
巣のすみに、輝く棒と白いふくろがあった。
幼女から貰った刀だ。
狼が運び込んでいたものだ。
なにか惹かれるものでもあったのだろうか?
いまさらながらに疑問におもう。
他の荷物は、食いちぎられて捨ておかれたのに、ふしぎである。
おまえは刀と、白いふくろを手に取り、外へでた。
太陽がまぶしい。
しかし、気分は悪くない。
「おい、おまえ。外でてくんなよばか」
さきほどの女が居た。
荷物をあさっているようだ。
彼女は引っ張りだしたしわくちゃのシャツとズボンをなげてよこした。
「畳むとかできないんですか?」
「うるせえ!」
女はちらっ、とおまえの身体をみて、すぐに目を反らした。
「なんか、ごわごわしますね」
「丈夫な生地だろ?」
「はあ、そうですね」
「……それ、その棒はなんだ? 杖か? すげーなそれ」
女は刀が気になるようだ。
「武器ですよ」
「へえ、なんかかっこいいな!」
「どうも」
「いいわすれてたけど、オレの名はリシスだ! よろしくな」
「リシスさん。素敵な名前ですね」
「さんとかやめてくれよ、きもちわりい」
「わかりました。リシス」
「ああ。
そうだおまえ、さっそくだけど、その服のお礼をしてくれ、
ブルーウルフの角を回収するのを、手伝ってほしいんだ」
「結構ですよ。手伝います」
おまえは引き受けた。
ふたたび巣に引き返し、一角狼の角を刈り取る。
耐炎性のある物質なのだろう。
あの業火にあっても、この角だけは無傷だった。
「あの火は、リシスがやったんですか?」
「ああ、そうだよ」
「ここにはなにをしにいらっしゃたのですか」
「マトラの実を取りにきたんだ。
そしたらもうだいぶまえにこの森からは居なくなったって聞いてた、ホーンウルフを見かけてさ。
こいつの角は高く売れるから気配を断ってあとを追ったんだ。
そしたらここに着いてびっくりしたね。
こんな数のホーンウルフがいるなんてさ!
すぐさまオレの炎魔法をこの洞窟にぶちこんでやった」
「そういうことだったんですか」
「ああそうさ。
じゃあ聞くけどよ、なんでおまえはなんでこんなとこにいるんだ?』
「捕まって、餌にされてたんですよ」
「へえ、よく食われなかったな。それにオレの魔法を受けても無事みたいだし。やるなおまえ。
それにしてもほんと多いな。
これぜんぶを森の外まで運でたら日が暮れちまう」
「そういうことなら便利なものがあるので、ボクが馬車まで運びますよ。もちろん分け前は貰いますけれど」
おまえは白いふくろをふりながら言った。