マトマの森
5
それまでの長い人生で認識してきた『現実』から遠く離れた場所に、おまえは居た。
森の中であるようだ。
しかし見た事の無い木々だった。
木々にはチュッパチャップスが実っていた。
それは正式名称をチュッパチャプスという、スペインのチュッパチャプス社の製造するキャンディだ。
おまえはそう認識している。
チュッパチャップスは工業製品だ。
工場で作られるモノだ。
ということは、ここはチュッパチャップス工場ということになるのだろうか、そうおまえは考えようとした。
しかし、おまえは知っている。
チュッパチャップスが木々に実るモノではないことを知っている。
おまえはチュッパチャップスのコーラ味をひとつもぎってくちにした。
その味はまぎれもなくチュッパチャップスコーラ味だった。
なにをもって、現実とするか。
それが問題だ、とおまえは思った。
我思う、故に我在り。
おまえには意識があった。
では、意識とはなんだろう?
おまえは考える。
ヒトの意識とはろうそくの火のようなものだと、いつか読んだ本に書かれた言葉をおまえはおもいだした。
その本によれば、意識とはヒトの身体、その仕組みから疎外されたモノなのだそうだ。
ろうそくを調べても、火を調べたことにはならない、とも書いてあった。
火もまた、ろうそくから疎外されたモノだから。
つまり、いくら身体を調べても、意識のことはわからない、そういう意味のことが書いてあった。
意識。
考えてみると実に不思議な現象だ。
身体には固有の意識が宿っているモノだ。
しかし、身体を構成している物質は、数十年で全て入れ替わるという話を聞いた覚えがある。
ならば意識も入れ替わっていそうなモノだが、そのような認識はない。
身体から別の身体に移るようなことも、ない。
ないはずである。
そもそも、そもそもだ。
なぜ固有の意識があるのだ?
なぜ自分はこの身体に入っているんだ?
おまえは考える。
例えば、昔同級生だったタナカくん。
タナカくんとおまえは似ていると、まわりによくからかわれた。
顔も似た雰囲気だったし、成績も、身体能力さえ似ていた。
タナカくんにも、固有の意識があった。
それはおそらくまちがいのないことだと、おまえは思った。
では、例えば、生まれたときからじぶんの意識がタナカくんの身体に宿っていたとしたら、どうだろう。
これはありえなかったことじゃない。
じぶんのこの意識が、なぜこのじぶんの身体に宿っているのか。
これはまったくわからないし、身体を構成している物質は固有のモノだが、それはいずれ入れ替わる。
意識とはなんだ?
なぜボクはこの身体に囚われているんだ?
こんなこと、いままで考えもしなかったのに、なぜボクはこんなことを考えている?
おまえはさらにわけがわからなくなった。
解決しない問題だと判っているのに、考えを止めることができない。
「……ぅワオーーーーーーンッ!!!!!」
どこからか、遠吠えが聞こえた。
獣の遠吠えだ。
この森には獣がいるのか、とおまえは思った。
おまえは手に刀を握っていた。
神を名乗る幼女に貰った刀だ。
大層な雄々しい名がついていたような気がするがよくおぼえていない。
とにかく強力な武器なのだというようなことを幼女は言っていた。
とりあえずその刀をいつでも抜き放てるようにと、何度か、抜刀の練習をする。
素振りをした。
やれそうだ。
次に物が切れるかどうかを試すことにした。
ちょうどよく、成り立ち不明の木々があった。
これを切ろう、おまえは決めた。
抜刀し、下段から斜めにチュッパチャップスの木へと切りかかり、流れるように上段から下段へ切った。
そして、正眼に構える。
木に切れ目はできていない。
おまえが不思議に思ってみていると、たった今切られたことを思い出したかのように、木の切れ目がズレて、倒れていった。
血振りをし、刀を鞘に納めた。
違和感はない。
手にしっくりとなじんだ。
不思議なことだが、見た目にはとても重そうなのにもかかわらず、とても軽い。
切った木はそれほど大きいものではなかったが、それでも直径十五センチはある幹だ。みると断面はなめらかだった。
恐ろしい切れ味だ。
とりあえずおまえはここを離れることにした。
さっき切った木の倒れる音に、獣が近寄ってくるかもしれないと思ったからだ。
落ちていたチュッパチャップスを大量に集めて、幼女に貰ったふくろにつめた。
そのうちにひとつ地面にたてて、行き先を占う。
倒れたチュッパチャップスはころころと転がり、やがておまえの行き先を示した。