神刀偽正宗、あるいは不滅
4
「うるっせえな。
まだ消えないの?
ねみいんだよ」
「おねがいごどー!
おねがいごどうぃってよー!
ねえぇねえー!
おねがいごとうぃえおー」
神を名乗る少女はふたたび泣き叫んだ。幼女の涙や鼻水がびちゃびちゃととびちっておまえの顔にかかる。
「……」
「うー、ひどいよ……。
こんなに泣いたのはじめてだよ、ぐっちょぐっちょじゃん」
「……」
「ううー。
あー。
ぐすん。
……わだじ、いろいろできるんだよ?
まほうづかえるようにじたりとが、しんきだしたり、わりと、なんでもできるよ?」
「じゃあ不老不死おねしゃーっす」
「がんぜんな不死はぶり。
それにぢかいものなら、らくしょうだよ?
いちびょうもかがらずさずけちゃうね」
「はいはいそれおねしゃーっす」
おまえは言った。幼女の言葉を全く信じていないようで、とても平板なアクセントで願いを言った。
「わがっだ。
ちなみにぢょうさいせいのうりょくだからね、
ろうかもじないし、
なんもだべなくてもじなない。
からだのごうせいずるぶっしつずべてをエネルギーにへんかんざれるようなことがなければ、じぬことはないよ。
じゃあ、おんちょうをざずけるから、めーつぶって」
おまえはずいぶんまえから目を閉じたままである。
唇になにかがあたった。
「うわ、鼻水すげえな、きめえ」
「ひ、ひどい!
つうかよろこべや!」
「ボクは幼女が嫌いです。
嫌いな人に二度も吐きそうです。
あ、吐きます」
おまえは吐いた。
「もういい、はやぐ、あともふたつおねがいいって?」
「……もういいですよ」
「あとぐされなくじたい」
「それはルールとかんけいあるんですか」
「いいがらはよいえ」
「では四次元ポケットを。
あごがれてたんです、ドラえもんの居る生活に
あ、もうキスとかあれなんで。
つぎやったら訴えますから」
「あい」
そう幼女は言って、自分の平らな胸に手を突っ込み、白い袋を取り出しておまえに渡した。
「よじげんぽけっどじゃないけど、なんでもいくらでもはいるやつ。
おまけにいろいろはいってるがら、おふるでわるいけど」
「はいはい。あと、神様でも殺せる武器をください」
「おっげー」
幼女は目を瞑って、手を前にかざした。
その瞬間、かっ、とストロボを焚いたようなまぶしい閃光が放たれ、おまえは顔をしかめる。
光が弱まったのを感じて目を開けると、幼女の手には杖のようなものを握られていた。
「しんどう。しんとうにぜまさむね、ふめつ」
幼女はその刀をおまえの胸にどんとおしつけた。
「これはあなたもちゃんと殺せるやつです?」
そう聞くと幼女はそれには答えず、これはおまえの世界の刀鍛冶の作品だと言った。
最高最強の刀を打ちたい。
純粋に、ただそれだけのことを求め、神に祈った刀鍛冶、正宗の生涯最後に打った大太刀『無常』のレプリカ、まがい物だそうであるそうだ。
この『無常』なる大太刀には正宗の魂が文字通りこめられているのだと、幼女は語る。
神の御技で再現された『無常』はまがい物とはいえそれは神の作。
神気に包まれたその刀の性質はもはや無常とはいえない。
だから『不滅』なのだと、自信満々に幼女は言った。
おまえは自信満々鼻高々といった感じのその顔を見て、いらっとした。
銘を偽正宗。
同じく神の作りし武具、聖剣など、そのほかにもいろいろとあるそうだが、それら以外であれば、たとえ打ち合ったとしても、相手の平凡な武具は破壊される。
よって鍔競合いなど起こりえないからと、鍔や飾りのないそれは、世界樹の枝で作られた白鞘に包んである。
世界樹だとかいうその美しく加工された木材は、白金のようにみえる。
しかし手に握ぎった感覚はなめらかな木材のそれだ。
「長々とした講釈、痛み入りました。ありがとう、そしておやすみなさい」
おまえは礼を言って、神刀偽正宗『不滅』を抜き放ち、幼女の頸動脈を狙った。
「うん、ばいばい。じゃあぐっどらっく」
神を名乗る幼女が別れを告げた瞬間、音もなくその場から消え去っていた。
刃は届かなかった。
幼女は最後ににやりと笑ったように見えた。
そしてまた当然のごとく、おまえは意識を失った。