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神様の落とし物

  3


「かえして!

 ねえ、おきて!

 かえしてよう」


 真っ白な、どこまでも何もない空間だ。

 天井はない、というよりはみえない。

 空でもない。

 蒼くないのだ。

 ただ白い。どこまでも白い。

 ただ白い空間がどこまでも続いている。

 壁などもない。

 遮蔽物はなく、床だけがある。

 地平線だけが見えた。

 どの方向を向いても地平線がある。

 地平線しかないとも言えた。

 地平線は三百六十度に繋がっていた。

 カーブを描いている。

 そのことからかんがえるとこの床は球体なのだとわかる。

 

 さきほどからずっと、おまえの身体にまたがっているちいさな女の子はこっちを見ろとでもいいたげな表情でおまえの目を覗き込みながら、その小さな手のひらのどこにそんな力があるのかわからないがとにかくおまえの肩を強く掴んでごしごしとぜんごに揺さぶってくる。

 黄金色の髪につつまれたその女の子は、実体を伴っていないのではないかとおもえるくらいの重みしかない。

 いいかげんうざったくなってきてしかたなくおまえはその女の子と目をあわせた。

 その目尻にはいまにもあふれだしそうななみだを湛えていて表情は必死だ。


「なんでもするから!

 ねえ、返してよう。返してよー」


 おまえは、肩にかかる小さな手を払った。


「だまれ」


 女の子はその表情をさらに崩して、ついに泣きだしてしまった。

 大きな声で、ぴーぴーと泣きわめいた。

 そしてふたたび肩につかみかかってあたまをゆらすので、鼻水や涙がおまえの胸にかかる。


「うう、ぐす。

 うー、ごめんなざいい。

 ででもおお、わああたじのお、ちから、がえじて、うう、ううう。

 ぴぃー。

 ぐす、びえーん……」

 幼げな女の子が、泣きながらなおもおまえに訴えかけた。

 その姿をみて、これはどうやら相手をしなければ眠ることができないとおまえは思った。


 よくみるとその女の子は整った顔の作りをしている。

 神秘的なプラチナブロンドの髪はボブマッシュに整えられていた。

 そして目尻と鼻からはだぼだぼと信じられないような量の体液が分泌している。

 少女を売買する市場がもしあるとすれば高く売れそうな顔立ちだ、とおまえは思った。

 泣いていても、どこか神々しい。

 芸能事務所にでも紹介すれば謝礼を貰えそうである。

 

「寝起きは機嫌がわるいんだ。

 ボクがわるかった。だからそんなに泣かないでよ」


「ううん、わだじがわるいからあ、ぐすぅ、ごめんなさい……」

 しばらくして少女は泣きやんだ。


「……あのね、私のちからを返してほしいの。とても困っているの」


 少女は言った。

 おまえにはまったく、幼女がなにを言わんとしているのかわからない。


「あ、もしかしてさちこちゃん?」


 おまえは思い当たるふしを言った。

 しかしどうみてもこの女の子は白人で、さちこちゃんの風貌ではない。

 案の定、ちいさな女の子はなにいってんだこいつ的な顔をした。


「……力と言われても、君からそれを奪うなんてことはしていないはずだよ」

 おまえはできうるかぎりの優しい声音で、少女を慰めた。


「ちがうの。

 わたしがまちがって、あなたに落としちゃったの、だから、わたしとちゅーしてほしいの」


 ちいさな女の子は言った。

 あどけない見知らぬ幼女に求愛されてしまった。

 そうおもったおまえは対応を考える。


「えーとね、ボクはガキが嫌いなんだ」


 目の前の幼女を袖にする言葉を言った。

 しかしなんだか誤ったような気がしておまえは不随意に瞼をしばたたせる。

 そのわずかな瞬きの隙をついて、幼女はおまえの唇を奪い『んんっ』と恍惚とした色気のある声音で喘いだ。

 わけがわからない。


「わけがわからない」


「ぷはー、たーすかったぁ……。

 もういいよ、ありがとね」


 ちいさな女の子はさきほどとはうってかわって大人びた声で言った。


「さっそくだけど

 なにかほしいものはない?

 たいていのことなら叶えてあげられるよ。

 なんたって私は神だからね」


 うってかわって横柄な態度でちいさな女の子は言った。


 どうみても幼女であるが、いわれてみれば神のような神々しさがある。

 少なくともあの量の分泌液はふつうの幼女にはだせない。

 おそらくこいつが事態の原因を担っていると即座に推察したおまえは、幼女を睨みつけながら説明を求めた。


「説明、してください」


「だからさ。

 私、神様なんだって」


「それは聞きました」


「力を落とした」


「それも聞いた」


「だから接吻したわけ」


「それはちょっとわかりません」


「おまえ……、もしかしてはじめてだったの?」


「……」


「そ、そんな怖い顔すんなや。

 おまえ、神をなんだとおもってんだよ。

 神だぞ、すげーんだぞ?

 わざわざ人の域まで神性を落として話してるんだから、こっちだってたいへんなんだから!」 


「わかりませんが、どうぞ説明を続けてください」


「はいはい。

 まあ、簡単に説明するとだな。

 わけあっておまえの身体に私の持っている神力の一部をおとしたんだよ。

 そんで、そのせいで私は力をだいぶ失っちまったわけ。

 そんでそれをさっきキスで取り戻したんよ。

 それだけ、はいおわり、理解できたかなー?」


「あなたがむかつくやつだってことはわかりました。

 用が済んだなら帰ってください。ボクは寝ます」


「まあ、まてよ。恩寵をくれてやるからさ」


「あなたの触った物は、ばっちいのでいりません」


「ちょっ、ひどくない?

 そんなこというとわたし泣いちゃうよ」


「どうぞ」


「まってまって! それは困るよ!」


「ですから、どうぞお困りになってください」


「神にもいろいろと誓約とルールがあるんだよ。

 守らないとやばいわけよ。

 神様からせっかくのきちょーな現世利益が得られるっていうのに、欲のないやつだなおまえ」


「現世利益を唱える宗教の全てはカルトです。

 ゆえにあなたはカルトの神であると判断できました。

 しかし実に救いがたい世界ですね、この世界は。

 その神様らしからぬ態度をたしなめるルールはないんですか?」


「君の言う事は間違っている。

 まあ、いろいろあるけれど、人間たちが神と呼んでいる物はシステムそのものなんだ。

 神は基本的には不滅の存在だけれど、ルールを逸脱すると、消えてしまうんだよ。

 我々システムにエラーは認められていないんだ。

 今回の、神力を他者に譲るという行為は、違反じゃない。

 でも、神の願いを聞き届けた者には相応に報いなければならない。

 それがルールなんだ

 だから困るんだよ」


「ですからどうぞお困りくださいと申し上げ奉り候っております

 だいたい、なんでそんな大事な力が他人に落ちるような仕組みにしたのか。

 いずれにせよあなたは管理責任を負うべきです。

 おとなしく消えてください」


「ちゃうねん。だからシステムなんだよ。

 そういうシステムなの

 生まれたシステムが神とよばれるの。

 わかる?

 わかんないだろうナー」


「わかりました。

 ボクにはわかります。

 では、さよなら」

 そう言っておまえは寝た。


「いやいや、まちなって

 おーい。

 まってって! 

 ねえ……。

 ねえってば。

 ……。

 ほんとうにねちゃったの?

 だめー!

 ねちゃだめだってば。

 ああー。

 ど、どどどどうしよ……。

 それはまずいよおきてよ! 

 おきてー! 

 おきろー!

 あー!

 あー!

 あー!!!」


 神様を名乗る幼女はふたたびおまえに跨がっていつまでも暴れつづけた。

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