無能な二人
18
そこからは死体もなく、スライムのねっちょりとしたよだれとたべのこしは、アイディをもらったあの部屋に繋がっていた。
破壊された扉のむこうから、もぞもぞと、何かが擦れるような物音が、聞こえてくる。
「いってくる」
おまえはうしろのふたりに告げた。
「作戦はないのかい?」
飛び出そうとしたおまえに、あわててニト王子は尋ねた。
「さくせん? ガンガンいこうぜ、かな。ボクはあたまがわるいんだ。だkら、てきとーです」
「そう……。僕はうしろからサポートするよ。気をつけるんだよ」
「ああ」
おまえは扉にちかづいて、ゆっくり部屋に覗き込む。
巨大なスライムが部屋の奥のベッドのあった辺りでうごめいている。床には昨夜見たアイディが散らばっていた。人の姿はない。チカちゃんとかいうあの怪しい男がベッドに寝ていたのかもしれないが、なんとも判断できない。
おまえは神刀偽正宗を抜刀し、魔物の前へおどりでた。
正眼に構える。幸い、なにを目的に作られたのか判らないが部屋の天井は高い。
魔物の動きに変化はない。
相変わらずもぞもぞとうごめいているだけだ。
上段に移り、一閃。
おおきく踏みこんで、スライムを断つ。
しかし、あいてはあまりに巨大で、五分の一径ほどしか切れていない。
おまえが様子をみようと、後ずさると、スライムの体表面から電撃が迸り、おまえの身体を突き抜ける。
「あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ!____」
電撃によっておまえは身体の自由が奪われた。
横隔膜が痙攣し、細かく点滅する光のようになんども叫んだ。おまえは意思を保ったままだった。身体を制御しようと試みるがうまくいかない。なす術がなかった。身体の節々が炭化していくのを、感じた。けれど意識は失わない。
おまえはあの狼との戦いをおもいだした。
忘れていた、怒りが沸騰した。
「アヤネ!」
部屋に飛び込んできたニトは、電撃を浴びるおまえを見て、状況を認識し、瞬時に魔力を行使した。
土の壁が、おまえとスライムに現れ、電撃を阻む。
「アヤネ! だいじょうぶかい!」
「……うごけなかっただけ。身体は問題ないよ。」
「僕が魔物の魔法は封じる。その隙に魔物を弱らせてくれ!」
ニトはふたたび、魔力を錬り、放った。
土の壁が、スライムの方へせまる。
それはスライムを被い、魔物の行動を阻む。
おまえは息をおおきく吸って、切り掛かった。
「らああああ!!!!!」
おまえはその土の塊を滅多切りにした。
八双から、右袈裟に切り、振りかぶって水平に断つ。
一瞬、呼吸を止めて、吐きながら叫ぶ。
「はああ!!」
下段、真直ぐに切り上げ、つづけて十時の方向から切り掛かった。
そして、後方へ下がり、呼吸を整える。するとスライムを被っていた土が、ぼとぼとと崩れ落ちた。
「マジンコロス」
スライムは言った。
じりじりとおまえのほうへにじりよってきている。
それにあわせておまえも後ずさる。
ダメージを受けているのか、わからない。
「アヤネくん! スライムに物理攻撃は効かないよ!」
「あ!?」
「スライムに! 物理は効かないよ!」
「さきにいえよ! クソ王子!」
「神刀ならそんなの関係ないとおもってた」
「……逃げるぞ!」
おまえは後ずさりながら部屋を出る。
そして、ふたりを急かしながら、来た道を逃げた。
「どうしよう! 君がこんなに使えないなんてがっかりだよ!」
スライムはにじりよる津波のようにおまえたちを追いかけてきていた。
「うるせえ!! スライムの弱点は!?」
「炎だよ!」
「ニトは使えないのか」
「昔、寝室に火を放たれて、それのせいか、火はうまく練れないんだ!」
「つかえねえ王子だな!!」
「ねえ、アヤネ! 口調が無礼になってるよ! あと、いつのまにか、リュカがいない!」
「知るか! 走れ! あいつはさっきだってスライムに食われなかったんだからだいじょうぶだろ!」
「ねえ、アヤネ! どこへ逃げるの? このまま街へ行ったら、ひなんごうごうだよ?」
「なによりもたいせつなのは自分の命だろ」
「いや、誰もが思っていることだけれども、あらためて口にされると、なんかやだな」
「あ、そうじゃん。忘れてた」
おまえは自分が死ねないということを忘れていた。
立ち止まって、振り向く。そして、スライムに相対したまま、後ろを走る王子へと声をかける。
「ニト王子! リシスを連れてきてくれ! まだ宿で寝てるだろきっと!」
「ああ、なるほど。わかったよ! アヤネ、しなないでね!」
おまえは鞘に納めたままの刀を構えて、迫りくる魔物を迎え撃って、奥へ吹っ飛ばした。
ニト王子の足音が後方に消えていく。
「……ユルサナイ、マジンコロス」
スライムは言った。
全身に電気が帯びていて、ビリビリとスパークしている。