子供は判ってくれる
17
「このあたりに強い魔力を持つなにかがある。そこにスライムはいる」
「なぜわかるんです?」
「スライムは魔覚が鋭いんだ。巨大に成長したスライムとなればなおさらね。そして、強い魔力に反応してそこへ向かって移動する性質がある。あるいはスラム街の密集した人々の魔力目当てかもしれないけれど、もちろんそれもあるのだろうけれど、本命は他にあると、僕はにらんでいる」
「魔覚ですか」
「うん。詳しくは今度、みっちりおしえてあげるよ。君は常識を知らなさすぎる。それよりほら、見てよ、粘液の跡だ。どうやら、地下へ入ったようだね」
たしかにニト王子の言うとおり、血の混じったよだれのようなものが、路地裏の地面や壁にこびりついていて、その足跡は地面に開いた穴のなかへとつづいている。
「そのようですね」
「進もう、慎重にね」
「ボクが先に行きます」
「いいのかい? 危険だよ」
「依頼ですからね。それに私はとても丈夫です」
おまえは地下の入り口へと足を踏み入れる。
「靴、溶けたりしないですよね?」
「だいじょうぶ。よだれとたべのこしみたいなものだから。それにすぐに蒸発するよ」
「ん、止まってください……。なんか、いますよ」
「……どうして、こんなところで」
小さな人がいた。
おそらくこどもだ。みたところこどもなのだが、白い角が一本、額に生えていた。
おまえは警戒しながらこどものもとへおもむき、その子の腕をとって脈を確認した。
「生きてる」
「気絶してるみたいだね」
「よだれまみれですし、どうみても襲われたあとですね」
「そうだね」
「なんで生きてるんでしょう」
「さあね。わからないな」
「見覚えはないのですか?」
「フライナ族のこどもだということはわかるけれど、知らない子だよ。少なくともスラムにフワイナの住民がいるとは知らなかった」
それはそうだろう。
いくら王子でもスラムの住民の全てを把握できるわけはない。
おまえは白い袋から水の入った革袋を取り出して、こどもの顔にかけた。そして、顔についた汚れを布で拭い取ってやった。こどもは苦しそうな顔をして瞼を見開いた。なかなか整った顔をしている、とおまえはおもった。
「……クラウス? ……ちがう? おにいさんはだれ?」
「アヤネ、林文音だよ」
「僕はニトだ」
「おにいさんたち、クラウスを知らない? ぼくの……兄なんだけど、どこへいったかわかる?」
「どうかな。ボクにはわからないよ」
「君のなまえは?」
「ぼくはリュカ」
「リュカくん。おおきなスライムを見なかった?」
「……みたよ。ぼくたちはそいつに襲われたんだ」
「クラウスくんも?」
「うん」
「……リュカくん。ここはあぶない。だから君はここから離れて中央広場へ避難しないといけない。ひとりで行けるかい?」
「いけないよ。……ぼく、クラウスをさがさないといけないんだ」
「クラウスくんのことは僕たちが探してあげる。……もし見つけたら、必ず広場へ連れて行くよ」
「だめだよ。へんなんだ。なんだかおかしいんだ。クラウスがいないと、ぼく……」
「連れて行きましょう、ニト王子。時間の無駄です」
「アヤネくん……」
「いいの? アヤネおにいちゃん」
「リュカ。ボクはキミを守らないよ。自ら決めたことなら、その身は自分が守るべきなんだ。それでもいいならついておいで」
「うん。ありがとう。アヤネおにいちゃん」
「……」
ニト王子は複雑な表情をして押し黙った。
地下の道を行くと、暗がりにこどもの死体があった。おまえはその遺体を白い袋へと素早く回収した。リュカはそれに気付けなかった。ニト王子がリュカの目線を塞いでいたから。
ニト王子はなおも押し黙ったままだった。