討伐依頼
16
「これはスライムの仕業だね」
「スライム?」
「魔物だよ。……でも、だとしたらちょっとおかしいね」
「なにがです?」
「弱い魔物なんだ。鈍くて、力もない。取り付かれると厄介だけれど、門衛たちがこうも容易くやられるわけがない」
「スライムの仕業ではないかもしれない、ということですか」
「わからないな」
「よくそんな冷静でいられますね」
「冷静であろうと勤めているからね」
「はあ」
「さて、僕はいくよ。君はどうする?」
おまえは首肯いた。
人々はパニックを起こしていた。
家屋を出たり入ったり、事態の確認をしようとしている人々が多くいる。
おまえたちは事情を聞いてまわったが、要領を得ない返答ばかりだった。
ギルドになら情報が集まっているかもしれないというニト王子の言葉に従って、おまえはギルドに向かった。
「……ニト様、そして、アヤネ様。申し訳ありませんが、依頼完遂の受付は停止しております」
ギルドへと入ったおまえたちの姿を見たセシルは開口一番に言った。
セシルのほおには絆創膏のようなものが張られていた。この騒ぎで怪我でもしたのだろう。
「だろうね。そのケガ、どうしたの?」
おまえは言った。
「……」
セシルは何かを語ろうと口を開いたが、すぐに、思い直したかのように固く口を閉じた。
「話したくないならいいよ。それより、いったいこの街になにがあったのか、教えてくれないかな」
ニト王子はセシルへ尋ねた。
「……魔物が、街の人々を襲っているという情報は確かなものだと思われます」
「その魔物はどこへ?」
「中央広場へ向かったとの情報が多数寄せられています」
「わかった。ありがとう」
ニト王子はおまえに目配せをして、ギルドを出た。
おまえは王子のあとを追う。
やがて、ダルタニアン大通りの中程にある広場に辿り着いた。
そこは広場というよりは、都会の自然公園のような規模の空間だった。
その広場の中央、ダルタニアン大通りと別の通りとの十字路に、人々が集まって、なにやら騒々しくしている。
武装した騎士たちが、住民の怒声を浴びている。
集う人々は皆、事態を正しく認識できていないようだった。
ひとりの初老の男が怒鳴りながら、王子へと詰め寄った。
「この国の騎士どもはなにをやっているんだ! どうしてくれるんだ王子!」
おじさんは王子に縋り付いてわんわん泣いた。
王子は無言でただおじさんの肩を叩いた。そして、おじさんが泣き止むのを待って言った。
「……ラルス、魔物はどんな姿をしていた?」
「王子……。スライムでした、とても大きな」
「大きなスライム? それはまずいね。スライムはどこへ?」
「スラム街です。王子、アンナの仇を討ってください。どうか……」
「わかった。ラルス。君は家に帰って、ニーナさんを守るんだ」
「殿下!」
側まできて敬礼をしていた騎士のひとりが、ニト王子に言った。
「トールか。事態は把握しているのかい」
「は! 報告によれば、スライム発魔所より逃亡したスライムが王都へ侵入し、住民たちを次々と襲っているとのことです」
「巨大化して、知性を得たスライムが暴れているんだね?」
「そのとおりでございます」
「わかった。任務へ戻ってくれ。……僕はここにいても邪魔になるだけだから、ちょっとそいつを退治してくるよ」
「……畏まりました、殿下」
「アヤネ、魔物退治を手伝ってくれない? どうやら、僕一人の手には負えないみたいなんだ」
「それは依頼ですか?」
「ふふ、依頼だよ。アヤネくんはなかなか、肝が据わっているよね。じつにうらやましいよ」
「受けましょう」
おまえたちはスラム街まで走った。
スラム街までの道に、溶けた死体がてんてんと落ちていた。確かに魔物はスラムへと向かっているようだ。おまえたちは死体を辿った。しかし、やがてそれも途切れた。
スラムは静まり返っていた。
昼だというのに、生活音がない。衣擦れの音さえしない。住民は閉じこもって、物音をたてないように、じっとしているか、あるいはもう死んでいるのだろう。