薬草採取
15
「リシスちゃんは一緒じゃないのかい?」
街から外に出ると、王子が声をかけてきた。
どうやら待ち伏せていたようである。
「今日は休みたいと。二日酔いのようです」
「そうかい。昨夜はしこたま飲んでいたからね」
「ええ」
「じゃあいこうか。薬草を探しに」
ニト王子は言った。
なぜ、ギルドからの依頼内容を王子が知っているのだろうとおまえは思った。
そしてなぜあたりまえのようについてきているのだろう、とも。
しかし、別に知られても問題ないことであるし、そもそも思い返してみれば、ギルドの存在をおまえに教えたのは王子だ。
察するに王子は、ギルドに対して何らかの根回しを行ってから、その情報をおまえに流したのだろう。
それに危険な魔物がいると、おまえに仕事を斡旋した女性は忠告していた。
いざとなれば王子を身代わりに使うことも可能だろうと思ったおまえはそれ以上考えることをやめた。
「ええ、いきましょう」
「やだなあ、アヤネくんたら、魔物に襲われたら僕にまかせて逃げようとか、そんなこと考えてたでしょ?」
おまえの考えはバレバレであった。
「そんなひどいことしませんよ。王子」
おまえはとっておきの微笑みを浮かべる。
「……とてもすてきなスマイルだね、まあでもいいさ。安心しておくれよ。僕は最初から君を守ってあげるつもりだもの」
「それはどうも」
露に濡れた葉の、さざめくひかりの美しいその朝はやがて、高く昇る陽によって、かげろうの揺れる蒸し暑い昼となった。昼時になってようやく目的地へと辿り着いたおまえは、粗末な布の上に、宿の女将さんに作ってもらった弁当を置いた。
「僕の分はないのかい?」
ニト王子は言った。
「逆に聞きますけれど、なんであると思うんです?」
「どうしてだろう。てっきり用意してくれているとばかり思っていたよ。いやあ、まいったなあ」
「マトマの実と水ならたくさんありますから、これでよければわけてあげます」
「わあ、ありがとう。マトマの実は栄養もたっぷりだもの。文句なしさ。チカちゃんほどの文句はわいてこないけれど、なんならそのおいしそうな唐揚げもわけてくれてもいいんだよ」
「それは無理です。これはおかみさんが私のために作ってくださったものですから」
「そうかい? それはざんねんだ」
ニト王子はおまえから受け取った革袋から水を飲み、マトマの実を口にふくんで寝転がった。
「魔物は出ないし、気配もない。順調すぎて、むしろ嫌な感じがするね」
たしかに魔物との遭遇もなく、あとは薬草を摘んで帰るだけだが、油断は禁物だ。油断すれば、負ける。そしてまた餌にされる。おもえば魔物の餌であることはとても退屈だった。貴重な体験ではあったけれど、もう二度とはごめんであった。
弁当を食べ終えたおまえは立ち上がる。
そして薬草を集めはじめた。
「僕はここで警戒しているよ。がんばってね」
王子は言った。
採取を手伝う気はないようだ。おまえはひたすら草を刈り、束ねて、袋につめる。
やがて、ある程度の薬草が集まった。おまえたちは帰路につくことにした。
なにごともなく、街が見えてきた。
日暮れが迫っていた。
街の門が壊れているのが見えて、おまえたちは足を速めた。
壊れた門の下に倒れ伏した人が白目を剥いていた。
腰から下が溶けている。
しゅわしゅわと炭酸がはじけるみたいに、液状の肉から泡が立っていた。
そばには、門衛だったと思われる男たちの躯があった。