静謐
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受付場は浅く椅子に腰掛けている。
彼女にとって、背もたれは飾りなのだろう、背筋を伸ばし、テーブルの上で両手を軽く絡ませてまっすぐと正面を向き、訪れる客を待っている。
髪は理知的な広いおでこを強調するかのように短く切りそろえている。
古風な眼鏡の上のまゆはきりりとしており、彼女の前まで歩いていったおまえを上目遣いに観察している。
そしてけしてずれていない眼鏡に手をやった。
少し間違えればあざとさを感じさせるであろう、眼鏡の位置を正すその仕草さは、彼女の静謐さの象徴といえた
一目で彼女が聡明で、自分に厳しく、そして他人にも厳しいという、ここに来る大抵の人々にとって難儀な、お固い性格をしているのだと、おまえは理解させられた。
「本日はどのようなご用件でしょう」
「私は人並みになりたいのです。
この世界に住む者として、当たり前の生活を営みたい、そう望んでいるのです。
しかし、私には仕事がありません。
私のような、コネも特徴的な技術のない人間には、長期的な雇用に得ることは難しいと、知人にそう言われました。
知人はここ、ギルドについて、私に教えてくれました。
私はここへ仕事を紹介をお願いしに参りました。
どうか、私に仕事を下さい」
「ご用件はたしかに承りました。どうぞおかけになってください。
アイディの提示と、この用紙に記入をお願いします。
わからないことがありましたら、どうぞお気軽にお尋ねください」
「ありがとうございます。失礼します」
おまえは椅子に浅く腰掛けて姿勢を正し、身分証を差し出した。
そしてペンを手に取り、用紙に手を添え記入する。
名前、年齢、出身地、これまで行ってきた仕事、生身での移動速度とその継続可能時間、魔法能力の程度、武術のたしなみはあるか、あるならどのような武器に習熟しているか、従軍経験はあるか、などなど。
後半はわかりませんとありませんの連続である。
記入を終えた用紙を、彼女の見やすいように反転させて、すっと差し出した。
彼女はそれに目を走らせることなく、テーブルの引き出しから取り出した道具をおまえの前に置いた。
「ここに、指を押当ててください」
おまえは彼女の言う通りにした。
生体情報の確認というやつだろう。
「ありがとうございます。アイディをお返しします」
「いえ、お手数おかけしました」
「では当ギルドからアヤネ様へ『タギ草』の採取を依頼します。
御請になりますか?」
「承ります」
「十株ずつ、規定の代金との引き換えになります。
タギ草はポオルグリコから東、草原を抜けた山岳のふもと、乾燥した土壌に生えています。
こちらは生育域を記した地形図とタギ草の絵姿を描いた物です。
どうぞお役立てください」
彼女は二枚の紙を取り出して、おまえの前に置いた。
「ではアヤネ様。本日は当ギルドの依頼をお受けくださり、誠にありがとうございます。
どうか、お気をつけていってらっしゃいませ。
……ひとつ、忘れておりました。
山岳にはスクロファという、魔物が生息しています。
凶暴でとても力が強く、豚に似ています。
スクロファはまっすぐにしか走ることのできない魔物です。
もし遭遇したら、じくざぐに逃げるといいです」
「簡単な依頼だとおもっていましたが、そのような危険な魔物がいるのですね。
あなたが優しい人でよかったです。
ご忠告感謝します。では失礼します」
おまえが感謝を告げると、彼女はほんの一瞬だけ、ほおを上げて、でもすぐに戻した。
その一瞬の彼女の振る舞いのほころびを見ていたおまえは彼女へ微笑みかけ、二枚の紙を手に取り、ギルドをあとにした。
外に出るとにやにやとおまえをみている犬男たちが三人いた。
「おい!おまっ……」
喋りはじめたリーダー格っぽい男のほお骨に刀を叩き込んだ。
男は三メートルほど吹っ飛んでいった。
あとの二人がぽかんと飛ばされていく男を目で追っていった。その明らかに油断をしたふたりを眺めてまず、左の犬男のみぞおちを打ち、右の犬の股間を下から打った。
うずくまる二人の犬男の様子を確認し、遠くで泡を拭いている犬男にも異常がないとことを確認したおまえは、街の入り口へ向けて歩きはじめた。