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ペールエールと冷たい床

  13


「オレには意識を失うっていう感覚がわかんないんだけどさ。

 つらかったんだなおまえ。

 もしお姉さんがそんなめにあったら耐えられない。

 おまえはすげえよ。

 ああ、泣けちゃうね。

 なんていっていいかわかんないけどさ、まあ、飲めよほら、お姉さんが酌してやるよ」


 リシスはおまえからこれまでの事情を聞き及んで、おまえは可哀想なやつだなと何度目も言ってきては抱きしめて、そして木製のカップにポオルグリコの地酒であるエールを注ぐ。

 それを飲み干すと、よくのんだ! お姉さんはうれしいよといってまた抱きしめて、エールを注ぐ。

 もう何杯目かわからないがフルーツのような甘みと香り、喉を通る苦みと炭酸のぴりぴりとした感触が心地よくまだ何杯も飲めそうだ。

 おまえはほろ酔い気分であった。

 日本でよくあるような炭酸の強いビールは、あれは不味いものだったんだなと知った。


 酒場には酔っぱらった狩人や旅人でごった返していた。

 そして見たことのない容姿の人々も居て、その小さな体躯や大きな体躯、角や尾や、長い髭、長い耳、うろこなどをついついちらちらじろじろと見てしまって、なにみてんだよとからまれてまた酒を注がれる。

 みな陽気である。

 しかしリシスだけは泣き上戸であるようで、めそめそとかわいそうにかわいそうにと泣いている。

 おまえの代わりにリシスは泣いてくれているのだ。

 ニトはにやにやしながらそんなリシスを慰めている。


 ちぐはぐである。

 おまえはひさびさにハメをはずした。

 周囲に人が多くいると道化を演じずにはいられなくなるという悪い癖がおまえにはある。

 ある種の強迫観念にかられてそういう行動を取ってしまう。

 

 おまえの行動はみていられなかった。

 初対面の人あいてに変な顔をして苦笑いされ、刀の上でバランスをとろうとして、五秒間耐えてわざとおっこちてみたり、酒場に置かれていたギターを取って、マーフィーの法則異世界語版を浪々とうたいあげた。

 

 おまえは「おしっこ!」とひとこと言い残して酒場を抜け出した。

 そして夜のポオルグリコを歩いた。

 正確にはポオルグリコのダルタニアン通沿いに立つ家屋の屋根の上を歩いた。

 屋根の上から見るポオルグリコの城は月夜や街灯に照らされていて、おまえに夜のディズニーランドのシンデレラ城をおもいださせた。

 そういえば似ているような、いや? よくみると、ポオルグリコ城はなんというか、中央の塔が立った猫のような意匠を持っていた。

 似ていない、とそうおまえは思い直した。


 屋根と屋根のあいだを飛ぶ。

 それをなんどか繰りかえすと、小道があって、向こうの屋根へは飛べる距離でない。

 おまえはふくろから刀をとりだした。

 棒高跳び的な感じでいけないかなとおもったのである。

 もちろん試した。そして落ちた。

 怪我をするような高さじゃない。身体に異常はない。

 ただ刀をついた屋根から、ちょっとイヤなかんじの音が聞こえただけだ。問題ない。


 おまえは小路を行った。

 そこかしこから音がする、もう夜だというのに。

 諍うような声が聞こえて、おまえは音の方へふらふらと千鳥足を進める。

 いやがる女の手をつかんで、なにやら口説いている犬男がいた。


「なんだよなんだよー! たのしそうなことやってんじゃーん! おれもまぜてー」


 いつもと全くちがう口調のおまえが言った。


「たすけて……」

 

 女が言った。

 西洋人風の顔立ちをしたふつうの女性だった。

 よくみるととてもセクシーな、性欲をそそるタイプの女性だ、と酔ったおまえは思った。


「うせろ」

 

 絡んでいた犬男はそう凄みをきかせて言った。

 おまえはおもわず、ふふっと笑ってしまう。


「てめえ、なにがおかしいんだ?」


 犬男は女の腹を殴った。

 女はうっ、と呻いて踞った。

 みぞおちにでも入ったのだろう。


 おまえはなんだかせっかくのきもちのいい夜をだいなしにされた気分であった。


 おまえはさっと抜刀し男の腕を断った。

 犬男の腕が落ちて、ぴゅーっと血が吹きでた。

 うがああと叫ぶ犬男をみてこれはやばいひとがあつまってしまうと思い、黙らせるために頸動脈に刃をあてた。


「黙れ、殺すぞ」


 犬男は黙った。


 こつこつと石畳を叩く足音がした。

 さきほどの男のうめき声に、気付いた者がいたのだろう。

 おまえは音のする方に立つ、人影をにらみつけた。



「……どこへいったかとおもえば。これは、どっちが悪なんだろうね」


 足音の主はニト王子だった。

 おまえを探しにきたのだろう。


「ニト王子じゃーん。どうしん? もしかしてあいにきてくれたん? うれしいなー」


 見知らぬ他人でないと知り安堵したおまえは親しげに言った。


「アヤネ君は酔うと怖いんだね。いろいろな意味で」


「そんなことないよー! ちょうやさしいだぜ! やさしいだぜおれ!」


「もちろん知ってるさ。ところでそこの血を流しているのは、……ワルフォク族のお兄さん?」


「マルフォク族ってこの犬のこと?」


「そうだよ、ほら、その刀はあぶないから僕が預かってあげる。ワルフォクのお兄さんも、さあ立って、腕を治してあげるから、今日のことはお互いに忘れよう」


「おっけー!」


 おまえはニト王子に刀を預けた


「マルフォクのお兄さんもわかった?」 


「……治せるならさっさと治せくずどもが!」


 ニトは犬男の腕を治癒魔法なるもので治したあと、立ち上がろうとした男を殴り、倒れたところであたまを蹴った。

 おまえもひゃっほーと叫びながら、男のうめき声が聞こえなくなるまで、男をボッコボコにした。

 

 そしておまえは酒場に帰った。

 ニトは襲われていた女性を介抱するのだとそうと言ってその場に残った。


 酒場のリシスはいまだに酔っていて、おまえの姿を見てまた、めそめそと泣き出し抱きついてきた。

 猫の恩返しに出てくるスカした男爵のような酒場の主人にリシスの宿の場所を教えてもらい、リシスを連れ帰った。


 宿の床は冷たくて、音は無く静かで、おまえは安らかに眠ることができた。

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