ボクのなまえ
12
「神刀?
たしかに世界樹の枝をこんなふうに加工できるなんて話をきいたことはないが、
しかし、ドウィーフの細工師ならおそらく可能だろう。
あいつらは技術を隠したがる節はある。
神の作だと信じるくらい、そう考えた方が納得できる」
王子にチカちゃんと呼ばれてた男は言った。
男は若き日のマーロン・ブランドのような厳つい顔をしている。
髪を後ろに撫でつけれており、ポマードのようなものがてらてらと光っている。
外見はハンサムなふつうの白人にしかみえない。
「信じられないのは無理もないさ。でも……。ねえ、ヒュームのお兄さん。その白い
ふくろ、それもみせてやってくれない?」
ニト王子はそう言ってウィンクをした。
おまえは王子の視界にふくろがうつらないよう、気を配ったつもりでいたのにバレていたようだ。
王子の言葉に従って、腰に下げていたふくろを男に渡した。
「なんだ? ただの巾着じゃないか」
しかしチカちゃんはふくろの中身を覗いてしばし絶句した。
「これは……」
「ええ、実はそれも……」
「マトマの実! しかもこんなにたくさん! ぜんぶもらっていいのか!」
「ん? ……いや、チカちゃんごめん。そういう意味じゃないんだ」
「なんだと!」
「その袋も神の恩寵品だよってことを言いたかったんだ。忘れてたよ、チカちゃんがマトマの実が大好きだってこと」
「あ、いや、どうぞ、好きなだけお持ちください。」
「まじか! やっほほーい! いやあ、マトマの実ってすげーんだよ! 滋養強壮、食欲増進、勢力増強、魔力上昇、血圧降下、抗酸化、脳活性、魔力回復、がん予防、脂肪燃焼、一日三本はとりたいよね!」
「……」
静寂のなかで、蠅の羽音の音がむなしく響いた。
「……えー、よし、わかった。
そういうことならばしかたない。
たしかにこんなとんでもない魔法具は神の作にちがいない。
余ってるアイディをやろう。
ヒューム族の若者のアイディなら腐るほどあるからな。
ここでまってろ。
ああ、すまん。そこに茶葉とポットがある。
飲みたきゃ自分で入れてくれ」
男はそう言って部屋を出て行った。倉庫にでも向かったのだろう。
「よかったね。ヒュームのお兄さん」
「はい。ありがとうございます。お世話になりました」
おまえは感謝の言葉を口にした。
こちらから頼んだことではないが、相手は王子である。
不都合さえなければ、長いものに巻かれる主義であった。
「いいひとでしょ、チカちゃんって。
……実は彼、この国の裏社会のボスなんだ。
ミイスだけじゃなくいろいろな国でも顔が聞くらしいよ」
「はあ、そうなんですね」
「興味がなさそうなのはいいことだ。深入りするべきじゃないのはたしかだもの」
そうこうしているうちにチカちゃんは戻ってきた。
その手には黒い皮のふくろと、実験道具のようなものがにぎられていた。
「このなかから好きに選べ」
そう言ってふくろのなかみをテーブルに出した。
大量のカードだ。
それはチタンのような金属で作られた名刺大のカードで、見ると名前や生年月日、出身地などが書かれていた。
「大都市出身の者で、ありふれた名前のやつがいいだろうな」
シートンは言い添えた。
「これなんかどうかな? エドワード・ボルテオス。五十九年生まれだから、十七歳だね。出身地はヒューム共和国ココトワ、ボルテオス村出身」
「却下だな。ボルテオスは田舎のちいさな村のはずだ」
「そうなんだ? じゃあ、これは?」
ニト王子が一枚のカードをシートンに渡した。
「ん? 名前はアキラか。平凡だが、家名が貴族くさいな。出身地はそこそこの都市だが、やめておいたほうがいい」
「これにします」
おまえはそう言って適当に選んだ一枚のカードをチカちゃんへ手渡した。
「出身はミヤコ、首都だな。名前はあれだが、家名はありふれたものだ。年齢は十六だが、まあ、これでいいんじゃないか」
「ふーん。ちょっとみせて……。アヤネ君か、いいなまえだね、ヒュームのお兄さん」
ニト王子はカードをチカちゃんへ返した。
「ええ。私もそうおもったんです」
おまえは王子の言葉に同意した。
「決まりだな。早速、生体情報を書き換える。このナイフで指を切ってくれ」
チカちゃんは腰に隠し持っていたナイフを抜き取って、テーブルに置いた。
「はあ、わかりました」
そのナイフを使って、左手中指を薄く切り、血を滴らせた。
「このくぼみに血を垂らしてくれ」
シートンは実験道具らしきものの、ちいさなくぼみを示した。
おまえはそこの血を垂らした。
血の様子を確認したシートンは、さきほどのカードを実験道具にセットした。
「これで準備完了だ。いくぞ」
チカちゃんはその道具についていたボタンを押した。
しかしなにもおこらない。
が
「こりゃ魔力切れだな。
ニト、スライム伝地をもってないか?」
「そんなものもちあるいてないよ」
「……そのランタンはなにを動力にしてるんだ?」
「ああ、そっか。取り出し方がわかんないからまかせるよ」
ニト王子はランタンをシートンの方へ押す。
「そんなこともわからずに使ってるのか? この国の未来はまっくらだ」
チカちゃんは迷うこと泣くランタンの明かりを消して、パーツを取り外した。そして回収した伝地をさきほどの道具へ取り付けた。
「だいじょうぶさ、いまや王なんて飾りだし、それに僕は末っ子だからね」
「まあ、そうだが。じゃあ、こんどこそやるぞ」
ボタンを押した。
くぼみにあった血は球体となって宙に浮く。
それはその道具の中を通って、カードのなかに入っていった。
「おわりだ。
これでこのカードはおまえのアイディになった。
おめでとう。
今日からおまえはヒューム共和国首都ミヤコ出身のアヤネだ」
「どうも。
……ここまでしてもらっていうのもあれですけれど、こんなもので大丈夫なんですか?
これって身分証の意味ないですよね」
「気にすんな。俺たちの技術は日々進歩している」
「答えになっていないようにおもいますけれど。
はあ、そういうものですか」
バレなければ問題ないだろうと、おまえは納得した。
それにどうせ、この世界の生まれではないのだから。
「よかったね、アヤネ君。これで迷い人だと知られずに済むね」
「ええ、たしかにそういうことになりますね」
「うん、そうだよ。チカちゃん、僕らは帰るよ。あと、あの話かんがえといてね」
「何度言われてもダメなものはダメだ。さっさとかえれ。外は真っ暗だ」
「いいさ、またくるよ。いこうか、アヤネ君」
「待て。アヤネ。
ヒューム共和国は近々、ドウィーフ相手に戦争をはじめるという噂がある。
ほぼ確定的な噂だ。
この国を出ても、しばらくはドウィーフに近づくなよ。
もちろんヒュームにもだ」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
おまえはチカちゃんに改めて礼を言って、ニト王子とともにその場をあとにした。