スラム街の地下
11
ニト王子はスラムの人々の人気者だ。
すれちがう人はみなニート王子へ声をかけた。
それに気さくに答えながら王子は人々の名前をさりげなく呼びながら近況を尋ねている。
王子はすれ違うスラムの住民のなまえを覚えていると知っておまえは大層おどろいた。
門番のカシムとの会話や、おまえに語りかける言葉から、この男がおまえのイメージしていた王族らしさ、ステレオタイプの王子とは全く違うと思ってはいたが、まさかここまで下々の者に対しておおらかで、それも名前を覚えるほど住民に対して親しみを抱いているとはおもわなかった。
そんな王子に感化されたのだろう。
好かれるような行動を取りたくなったおまえは白いふくろからチュッパチャップスもどきを手に取って、みすぼらしい格好の子供たちに配ってまわった。
「王子はこの国の民にとても好かれているようですね」
「あはは、それはちがうかな。
実のところここぐらいなものなんだよ。
僕を受け入れてくれているのはね。
貴族には嫌われちゃってるんだ。
やれ気品がないだの、庶民臭いだのといわれてさ」
なんとも答えづらい回答におまえは押し黙ってしまう。
「着いたよ」
王子が指差したのはぼろぼろのあばら屋である。
廃屋にしかみえない。
周囲を見渡しても他の家屋にここまでひどいものはそうない。
建物全体が傾いていたし、壁の塗装らしきものほとんどはがれていて、ところどころにその名残が白く残っているだけだ。
扉はほとんど朽ちていると言ってよかった。
「あら、おどろいてる? 目的地はこの地下だよ」
「はあ、ではいきましょうか」
「うん」
王子は、朽ちかけた扉からあばら屋に入っていった。
あばら屋は中もまたひどかった。
天井にはほこりのかかった蜘蛛の巣があり、床はゴミだらけだ。
部屋の角に樽があった
そこへ向かって、王子は歩いた。
そして持っていたランタンのような物を床において、樽を押そうとしている。
「重いな……。ちょっとてつだってくれない?」
ニト王子はおまえの方へ首だけ向けてそう問いかけた。
あの下に隠し階段でもあるのだろうとおまえはおもった。
おまえは王子の元へ行き、樽を押すのを手伝った。
樽の中には液体が詰まっているようで、押すたびにぴちゃぴちゃと音が鳴った。
「さあ、はいろうか」
樽の下には、粗末な板があって、王子がそれをどけると、とても狭い階段があらわれた。
王子はそのなかへ入っていった。おまえもそれにつづいた。
「チカちゃんいるー? 僕だよー、ニートだよー」
あばら屋の地下にはまさに地下壕といった感じの道があった。
そこを進みながら王子はだれかに呼びかけている。
道の脇には槍や、剣、鎧などの武具が積まれていた。
さらに進むと、鉄製扉があった。
王子はそこを押開けて入った。
「いないみたいだ。まいったな」
広くはないがよく片付いた部屋だった。
なにも置かれていないテーブルと椅子が七脚ある。
王子はその椅子のひとつに座った。
おまえは入り口に立ったままだ。
奥に寝床があるのがみえるが、そこに横になっているものはいなかった。
「ヒュームのお兄さん。話をしようよ。その刀の由来についての話を聞きたいんだ」
王子は一脚の椅子を指し示しながらそう言った。
座れということだろう。
おまえはその椅子に座った。
「……夢をみたんですよ。夢のなかで、神を名乗る者にまみえたのです」
おまえはあの神を名乗る幼女との出来事を思い出しながら、ぽつぽつと語りはじめた。
記憶はあいまいだった。
夢のなかで刀を授けられ、目覚めたら見知らぬ森の中に居り、傍らには夢にみた刀があった。おまえはざっくりと思い出せる範囲で、神が幼女であったことと、白いふくろのこと、超回復能力を持つことを伏せて語った
「眉唾かとおもっていたんだけど、本当にいたんだ。すごいや! お兄さんは迷い人なんだね!」
王子は語った。
迷い人とはこことは異なる世界から、神の悪戯によってこちらの世界に迷いこんだ異邦人のことであるという。
それは童話などで語られている伝説のようなもので、現実に起こりうることだとは思われていないそうだ。
どすん、と扉が開いた。
筋肉隆々の男がひとり、開かれた扉の向こうからこちらを睥睨していた。
「ニト、今日はなんのようだ? 前の話ならお断りだぞ。手を出したらたとえおまえでも許さない。……そこの少年は? ニトの新しいおもちゃか?」
男は厳つめらしい顔で、眉間に深いしわを作りながら言った。