ニトのお気に入り
10
「つまり、身元不明のヒュームってことだろ? 悪いがいれられねえな」
軽装の鎧に身を包んだ猫人の門番は、苦々しい顔で言った。
「そこをなんとか頼むよ。こいつはわるいやつじゃない」
リシスは手を合わせて、おねがいのポーズを取り、門番に訴えかける。
「だめだめ! いくらリシスちゃんの頼みとはいえ、通すことはできないって」
門番はこつ然とした態度で言った。
「どうしたんだい? たのしそうだね。カシム」
白髪の怜悧な表情をした猫人が、門番の肩に手をかけて言った。
門番はうしろを振り返って、姿勢を正した。
「ニト王子! また、こんなところにこられては困りますよ。怒られるのは私なんですから!」
「さわぐなよ、カシム。他の人にばれちゃうだろ? それよりこのヒュームのお兄さんはなんだい?」
「ええ、実は……」
カシムはニト王子という白髪の猫人に経緯を説明した。
ホーンウルフの住処に捉えられていた者で、記憶がなく、なまえも思い出せないそうで、そのような怪しい者を王都に招き入れるわけにはいかないと言った。
ニト王子はふむふむと頷きながら説明を聞いて、おまえの風貌を検めるようにみた。
「んん、ヒュームのお兄さん、その棒はなんだい?」
ニト王子がいった。
「えー、これは、神を名乗る者から授かった恩寵の刀になります」
おまえはそう答えて、刀を掲げた。
「へー、神? ふーん? ちょっと持ってみていいかな?」
「どうぞ」
おまえはニト王子に刀を渡した。
「……わあ。この感触とこの軽さ、そしてこの輝き。まちがいなく、世界樹の枝を加工したものだね。国宝級の品だ」
ニト王子は感心したように言った。
耳がぴこぴこと動き、興味津々といった様子だ。
「そんなにすごいものなのですか!」
カシムも驚いて言った。
「うん。カシム、この場は僕があずかるよ。このヒュームのお兄さんは僕が世話をする。いいよね?」
「王子がそう仰るのであれば、私は従うしかありません。おい、そこのヒューム! 通っていいぞ。だがなにか問題を起こしたら容赦しないぞ!」
「どうも、ありがとうございます。ニト王子。それにカシムさんもありがとう」
おまえは感謝を伝えた。
「それじゃいこうか。……やあ、リシス。ひさしぶりだね?」
「……はい、王子」
リシスは機嫌が悪そうに言った。
彼女は、王子がこの場に現れてからむすっとしてずっと押し黙っていた。
おまえはその姿を横目にしながら、王子のあとに着いていった。
「おい、おまえ、オレはあまり王子のことが好かんのだ。お姉さんは角を売りにギルドに行く。おまえは王子の相手をしていろ。ギルド横の酒場で飲んでるからあとで来い。いいな?」
リシスはそう小声でおまえに告げて馬車に乗り込んだ。
「ではニト王子、私は失礼します」
リシスは馬車を走らせて去っていった。
「ねえ、いまのはちょっと冷たいと思わない? 君、置いていかれちゃったよ?」
王子はそう言って肩をすくめた。
しっぽがしゅんと垂れさがっている。
城壁の門を抜けると、ポオルグリコ城へと続く大通りに出た。
「さあ、この通りがダルタニアン通だよ! ひろいでしょ!」
通り沿いにある全ての見物の外壁が白漆喰で塗られている。
人通りが多い。
通りには大手の商会や、カフェや、高級なレストラン、酒場などがあり、秋に行われる狩猟祭では運び込まれた獲物がずらっとこの通りの中央に並び、競りが行われるのだとニト王子は陽気に語った。
一週間ほど開かれるその祭りには、各国に散らばっているミウス族の料理人が集まり、その者たちが開く普段は食べることのできない異国の素材を使った料理を出す露店が開かれる。
それを目当てに世界各国の食通たちが一同に会するそうである。
元来、このポオルグリコは食の街として有名なのだという。
普段からやっているレストランに訪れる観光客も多くいるそうだ。
言われてみればこの通りは、横に広い。
そういうイベントをするにはうってつけであろうとおまえはおもった。
ポオルグリコの城下町はおよそ三つの区画に分かれているんだ、とニート王子は言う。
まず城門近くに平民街、こちらは誰でも入れる区画。
そして、中央の貴族街、周囲を壁に被われていて、貴族外に入るには貴族の許可がいる。
そして国の北側外周にスラムがある。
スラムは国にも手をつけられない、いわば無法地帯のようになっていて、国の警邏隊も対処に困っているそうだ。
「さて、ヒュームのお兄さんは身分証がないんだったよね?」
「ありませんね」
「そこで僕には良い考えがあるんだ。ついてきてね」
ニト王子は言った。
彼はるんるんと、遠足にでもいくような足取りで歩きはじめた。
「ニト王子。どこへ行かれるんでしょうか?」
おまえは尋ねた。
「スラム街だよ?」
王子は答えた。
「ねえねえヒュームのお兄さん、この刀、くれない?」
そういわれてみればニト王子はいまだに刀を持ったままだった。
「いいですよ」
おまえは別にかまわないか、と思ってそう答えた。
「わあ、うれしいな! けど冗談だよじょうだん! これはきっと君にとって大切なもののはずだ」
そういって王子は、おまえに刀を返した。
「いらないんですか? まあどっちでもいいのですけれど」
おまえはあっけらかんと言う。