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オレと犬神 その後

 仁と出会って、そろそろ四ヶ月。

 忙しい日々の中、あの時のことは記憶の隅に追いやられ、すっかり忘れていた。


「なぁ鈴置、久々に一杯どう?」

 オレは鈴置の仕事が終わる時間を狙って、窓口に顔を出した。

 このところ、ちょっとした騒動があって、飲みに行ったりしている余裕もなかった。

 「いいね。いつもの店?」

 鈴置は自分の机を片付ける手は止めずに答える。

「そうだな。先に行ってればいいか?」

「あぁ。まだ少し雑用が残ってるから、30分くらいで行けると思う」

 鈴置の返事を聞くと、鈴置にヒラヒラと手を振って役所を出た。


 役所から十分ほどのその店は、いわゆる居酒屋。

 実家の母と同じ年頃のおばちゃんが、おいしい家庭料理を出してくれる。安いのもいい。

 おばちゃんと喋りながら食べるのも楽しくて、一人でもたまに行くことがある。

 一人の時にはカウンターに座るけど、今日は一番奥にあるテーブルに座った。

 鈴置と飲む時の指定席だ。


「おばちゃん、ビールちょうだい。あと何か食べるの」

「はいはい。今日は鈴置さんは後から来るの?」

「そう。小一時間もすれば来るって。でもそんなにも待ってられないから、何か出して」

 今日も朝から出歩いて、腹ペコだった。

 枝豆と唐揚げを食べながら、ちびちびとビールを飲む。


 オレが店についてから四十分ほど。珍しく、鈴置は自分が言った時間より遅れてる。

 時間に几帳面な男だから、こういうことは珍しかった。

 おばちゃんも不思議そうに、チラチラとこちらを見ている。


 もうすぐ一時間が経とうかという頃。

 さすがに心配になって、役所に電話をするべきか、様子を見に行くか、真剣に悩んでいた。


 そんな中、入り口の扉が開く音が聞こえ、間を開けて店内に低いどよめきが広がった。

 入り口の方を見やると、鈴置と、どよめきの原因がいた。

 鈴置一人が中に入ってきて、おばちゃんにそいつを入れていいか確認していた。


 許可が出たらしくて、鈴置はそいとオレの方にきた。

 いいのかな、動物を店に入れて。飲食店なのに。


 そいつは、仁だった。

 一目見て思い出した。あの時のことも、仁のことも。


「久しぶりだな」

「どうしたんだよ。奥さんのとこにいなくていいのかよ?」

 相変わらず腹の底から響く声。


「今日は礼を伝えに来た」

「礼って、オレ、何かしたっけ?」

 仁と会うのはあの時以来だし、礼を言われるような記憶は全くない。


「先日、」仁が少し呆れたような顔をした気がする。

「子が産まれた。春も待ち望んでいた子だ。オヌシが来なければ、あの魂は入らず、子が無事に産まれることもなかった」

「なんだ。当たり前だろ。それがオレの仕事なんだから」

「あれは、オヌシ程の力がなければ、出来なかった。オヌシが来てくれて助かった」

 褒められて、何だかお尻の下がムズムズする。

「用事はそれだけだ。産まれたのは、かわいい娘だ。また機会があれば、会うこともあろう」

 そう言い残すと、返事も聞かずに帰っていった。

 誰も彼もが、唖然とした目で仁を見ていた。


 ほんの数分のことだったが、オレと仁が話している間、鈴置は立ちっぱなしだった。

「おい、鈴置。お前も座れよ」

「あ、あぁ」

 鈴置はまだ入り口を眺めていた。


「なぁ辻村。お前、あの犬神と知り合いなのか?」

「知り合いっつーか、前に厄介なのがあっただろ? 胎児の両親のデータがエラーになったヤツ」

「そういえば、そんなのもあったね」

 鈴置はオレが追加で注文した肉じゃがをつまみ始めた。

「おい。話の前に何か頼めよ」

 これじゃ、しゃべってる間に、オレの分がなくなりそうだった。


 鈴置がビールと食べ物を注文するのを待って、再び話を始めた。

「あの時さ、母親のナカに入ったら、あの仁っていう犬神がいたんだよ。あいつのおかげで、あの仕事も何とかなった」

 料理をつまみながら、ゆっくり説明した。鈴置は口をはさむことなく、静かに聞いていた。


「ところでさ」話が一通り終わり、オレは思い出したことを聞いてみた。

「なんで、遅かったんだ? マジで心配したんだぞ」

 鈴置はキョトンとした顔をして「あぁ」と呟く。

「役所を出ようとしたら、あの犬神が来たんだ。犬神が役所に来るなんて珍しいだろ? みんなびっくりしちゃって」

 ぐいっとビールを飲んで続ける。

「それでさ、人を探してるるって言うんだ。しばらく聞いたら、お前を探してるっていうのは分かったんだけどさ。野次馬が多くて」

 ハハハと鈴置は大きな声で笑う。

「そんなこんなで遅くなったんだ。悪いな、心配かけて」

 少し申し訳なさそうな顔をする。

「まぁいいさ。無事だったんなら」


 それからは、仕事の愚痴を言ったりしながら、少し頼みすぎた料理を食べた。


 三時間ほど飲み食いして、お開きになった。

 別れ際、鈴置がポツリと呟いた。

「あの犬神、仁っていうんだよな」

「んーー? そう聞いたけど、何で?」


 少し考えこんでいたが、

「いや、何でもないよ。気のせいだと思う」

 と、鈴置は帰っていった。


 ちょっと変な感じがしたけれど、すぐに忘れてしまった。


 飲み過ぎたオレは、役所の自分の部屋の前で力尽き、そこで寝てしまったらしい。

 朝、通りかかった掃除のおばちゃんに起こされて、ついでに説教をされた。

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