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オレと犬神 2

「とりあえず、見てみる、か?」

 資料を読むと、確かに気になる点がいくつかあった。

 いつものように父親と母親の番号をとりあえず入れて、適合しそうな魂を拾いあげようとしてみた。この時点では複数の適合する魂が出てくるのが普通で、そこから周辺環境などを加えて魂を一つに絞る。 

―― Error ――

 画面を見て、ため息をつく。

 珍しいことではあるが、稀にこういうことがある。両親、あるいはどちらかの魂のなんらかの力が強かったり弱かったり、今管理されている魂では適合するものが見つからないこともあるからだ。

 こういう場合は、両親の情報、周りの状況を元に、新しい魂を作り出さなければならない。

 手続きとか、色々面倒だろうなーと思い至って、ついため息がこぼれる。


 続いて、両親の情報を拾うために画面を切り替える。

 母親の魂の番号を入れてみる。これで魂の持つ過去の経歴が拾い出せる。

―― Error ――

「なんだ、コレ」

 さすがに初めて見た……。エラーって……。番号を入れ間違えたのか?

 けれど、何度見比べてみても、間違っていない。確認しに行ったヤツらが間違えるとも考えられない。

 少し混乱した頭で、今度は父親の番号で拾いだそうとしてみた。

―― Error ――

 あり得ない。今まで仕事してきて、こんな経験は初めてだった。むしろ、こんな事例は聞いたことがない。


 混乱する頭を、深呼吸して落ち着かせる。

 とにかく、実際に確かめに行くしかないと、若干は落ち着いた頭で考え至った。

 白衣を脱ぎ捨て、件の夫婦の住む場所と『扉』の場所を確認する。

 準備が終わると、魂保管庫に顔を出した。先ほど顔を出してからまだ一時間程度しか経っていないせいか、ドアの開く音で顔を出したヤツが驚いた顔をしてみせた。

「悪いけど、ちょっとあっちに行ってくる」

 そんな表情を気に止める暇も惜しい。

「あっちって、現世ですか?」

「そうだ。ちょっと厄介なのが出てきた。後は頼む」

 言いたいことを言って、すぐに保管庫を後にした。


 次に向かったのは、『扉』の管理部署。

「鈴置ー。あっちに行きたいんだ。許可証出してくれ」

 上着を脱いだスーツ姿、眼鏡に腕カバー。いかにも事務員といったいでたちの男が、少し離れた席で顔をあげてこっちを見る。

「辻村、向こうに行く用件は?」

「ある夫婦の魂の調査。番号から経歴が拾えねぇ」

 それを聞いた鈴置は、手元にある紙に何かを書くと席から立ち上がり、その紙をこっちに持ってくる。

「どうぞ。期間は一応、今日と明日。経歴が拾えないなんて、珍しいな」

「サンキュ。珍しいも何も、初めての経験だよ。とりあえず、番号の確認してくる。悪いけど、今日の飲みはナシな」

 オレと鈴置は同期で、なんか気が合って仲が良い。

 ちょっと前までオレの仕事が立て込んでたせいで、久々の飲む約束だったのになぁ……。残念といえば、かなり残念。ガッカリだ。

「別に構わないさ。奥さんと飲むよ。そういえば、今日は『扉』が閉じるはずだから、扉番に時間とか確認しとけよ。気をつけてな」

「了解」

 渡された紙を手に、踵を返して役所を出た。


 『扉』は現世とこっちをつなぐ門。この『扉』を通って、現世とこっちを行き来することができる。

 その『扉』には扉番がいて、許可証を見せないと現世へ行くことができない。

 ……たてまえは。


 一応、全ての『扉』をそれぞれの地域の役所で管理してはいるけれど、実は管理されていない『扉』もある。

 理由は、開かないから。いや、開かないと思われているから。

 それぞれの役所の管理する『扉』は開いていることが多い。でもたまに閉じる。開いたり閉じたりするのは、自然現象らしい。

 今は、ある程度は予測できるようになっている。それと、現世で雨が降っていると扉は閉じてしまうらしい。それも現世の天気予報を拾い上げて、『扉』が閉じる時を予測しているんだが。

 管理されていない『扉』はまず開くことがないか、短い時間しか開いていない。閉じている時間の方が長いというだけ。

 あとは、人のいない辺鄙な地にあって、役所が発見していないだけだったりとか。

 知っているのは、ごくごく一部の奴らだけ。そして、その『扉』を使って、現世へ許可なく行っちまうのもいる。故意であっても、故意でなくても。

 けれど、その『扉』を管理していないから、役所の奴らは気付いてすらいない。

 知ってるヤツが役所にいるとしても、オレと同様、黙ってるだろうけど。


「どーも。あっち行きたいんだけど」

 役所から一番近い『扉』についたオレは、鈴置にもらった許可証を扉番に渡す。

「なぁ、今日って『扉』が閉じるんだって?」

 帰る時に『扉』が閉じてたら、帰れない。

「あぁ、一応、夜の二時間くらい閉じそうです。でも、閉じるのはここだけなんで。もし帰りが急ぎでしたら、他に回って頂ければ大丈夫だと思いますよ」

 頭の中で、他の『扉』がどこにあったか思い浮かべる。けど、すぐには思い浮かばず、閉じていたら待つしかないかと諦めた。


 『扉』は誰かが作ったものではなく、自然発生したらしい。その原理はわかっていない。もしかしたら今この瞬間にだって、どこかで新しい扉ができているのかもしれない。

 現世にだって、もちろん『扉』がある。見た目はちょっと違うけれど。その中には風水とかで『鬼門』などと呼ばれているものもある。もしかしたらその昔、扉を通って現世に行っちまったヤツが扉から出てくるのを見たのがいるのかも知れない。いわゆる『妖怪』とか『鬼』とか『神』とか呼ばれる類のモノが、こっちの世界には当たり前のようにいるのだから。

 不思議なことに、こちらの『扉』は現世のあるひとつの『扉』にしか繋がらない。

 こちらの『扉』と現世の『扉』、二つで一つらしい。

 こちらと同様に管理されていない扉も現世にはあって、それをくぐればこちらの世界の新しい扉も発見できるんだろうなと思わなくもない。扉の管理はオレの仕事ではないし、そんなことオレが言う必要はないと思うので何も言わないが。


 それにしても、世の中、不思議なことだらけだと思う。

 『扉』しかり、現世とこちらの世界の関係しかり……。


 思考をあちこちにとばしながら『扉』をくぐれば、そこにあるのは見渡す限りが真っ白な世界。

 とにかく前とおぼしき方向へと歩みを進めると、しばらくして『扉』が見えてくる。この『扉』をくぐれば、その先はもう現世だ。

 『扉』をくぐってすぐのところに、目指す家がある。

 近くで良かったと心の底から思った。使いたい扉が役所から遠かったり、一番近い扉からも目指す場所が遠かったりしたら、移動するだけで時間がかかっちまう。


 目指す家に行くと、奥さんだけがいた。そりゃまあ、こっちは平日の昼間なわけだし、旦那は仕事にでも行っているんだろう。

 とりあえず、奥さんだけを見てみることにする。

 ちょっとふくらみ始めているのがわかるおなか。目立つほどではないけれど、注意して見ればわかる。

 資料によれば、今は確か五ヶ月に入ったばかり。六ヶ月に入るころには、魂を入れてしまわないといけない。時間はあまりない。今日、片付けばいいんだが。

 精神を集中させて、奥さんの前に立つ。もちろん、相手にはオレの姿は見えていない。

 たまーに、見えちゃうヤツもいるんだけれど。かなり霊感の強いヤツとかさ。こっちも注意してできる限り気配を消しているというのに。

 とりあえず奥さんにはオレの姿は見えないらしいことがわかり、ホッとする。


 家事がひと段落したのか、和室に置かれた座椅子に腰かけてテレビを見ながら寛いでいるところだった。時々、無意識なのか手でふくらみ始めた下腹部をそっと撫でている。

 オレは独身だからもちろん子どももいないし、父性とかのかけらもない。子どもが産まれる喜びをオレは想像するしかできないのだが。それでも奥さんの優しい表情は幸せに満ちていると、そう感じた。


 それはそれとして、せっかく奥さんはほとんど動かないのだから、今のうちに確認しようと、さらに精神を集中させる。

 目指すのは、体のコア――魂だ。体の中心、ハートがあるとか言われるらしい、そこ。そこに魂はある。現世の人間には見ることも触ることもできないけれど。

 魂を構成しているのは、オレたちの世界を形づくる粒子と同じもの。現世の人間が『幽体』などと名づけている、肉体とは別の体も同じもので出来ている。

 つまりは、現世で肉体を持つのが生きた人間や動物たちで、肉体を持たないのがオレたちの世界の者――幽霊と呼ばれることもあり、現世では『あの世』と呼ばれる世界の者たち。

 オレたちは魂と同じものでできているわけだから、触ろうと思えば触れる。だが、それには同じもので構成されている『幽体』とやらが邪魔をしている。そのために集中しないといけない。


 久しぶりに来た現世だからか、学生時代に勉強して覚えた知識がなぜか急に思い出されてならない。

 頭を何回か振り、今は必要のない知識を思考の外へと振り払う。

 奥さんの体の中心に手を伸ばして、魂を探る。体から取り出すことはできないから、機械のようなものを使う。掌に収まるそれは、魂に触れるとその表面に浮かぶ番号を写し取ってくれる。魂に機械が触れたのを確認して、オレは奥さんから少し離れた。

 持ってきた資料を見返すと、そこに書かれている魂の番号と、機械の写し取った奥さんの魂の番号は一致していた。思わず眉を寄せてしまったのは仕方あるまい。

 番号が間違っていないのであれば、なぜコンピュータでエラーが出たのか。

 一つ大きく息を吐き出し、奥さんから少し離れて考えてはみるけれど、理由がわからない。勝手に部屋の隅に座らせてもらって――もちろん、奥さんは気付いてもいないのだけれど――受け取った資料に目を通した。

 最後の方に小さな文字で書かれたソレを見て、再び眉をひそめることになった。

『番号の写し取りがうまくいかず。二十回目でようやく成功。機械は故障などしていなかった』

 あいつが『困ったの』と言った原因は、コレだろう。

 もう一度息を吐き出し、ナカへ入るしかないかと腹をくくる。


 オレには全く気付く様子もなく、相変わらずテレビを見ている奥さんの前に立った。もう一度、精神を集中させる。今度は魂に触るのではなく、ナカに入るのだから。

 集中が最も高まったと自覚すると同時に、目指すナカへと体を投げ出した。


 ふわっと体が浮く感覚がした一瞬後、オレはまったく見知らぬ場所に立っていた。

 奥さんのナカだ。


 ナカっていうのは、何というのか。心の中というか、深層心理の中というか。現世のユング心理学とやらでは『イド』と呼ばれていると、そういや習ったような気がする。

 このナカというのがまた面白くて、人によって全然違う。ナカには、その人の記憶が色々な形でつまっていて、それが様々な形で現れている。その最深部に行くと、そこに魂のコアがある。

 ナカそのものも魂の中ではあるけれど、そのコアには前世の記憶も詰まっている。

 最深部を見つけ、そこに行くのは、なかなか難しい。魂のナカに入るだけなら、ちょっと練習すれば入れるけれど、最深部にはいくら頑張ってもいけないヤツも多い。

 オレは素質があったのか、比較的簡単に入れるようになったからこそ、今の仕事を任されてしまったわけだった。


 見回してみた奥さんのナカは、とてもスッキリしていた。

「なーんにもねーなー」

 どこまでも続く広い草原。抜けるような青空。ちょっと離れた場所に丘と、丘に一本の木が見える。

「とりあえず、あっちかな」

 何もないから、とりあえず丘を目指して歩き出した。


 暑くもなく、寒くもなく。時おり吹き抜ける風が心地よい、穏やかな心の中。先ほど見た奥さんはテレビを見ながらのんびりしていたから、こんなに穏やかなのだろう。

 怒ってる時は、嵐が吹いたり、雷が鳴ったりするのだろうか。

 そんなことを考えていると、思ったよりも早く丘までたどりついた。

 丘の中腹より少し下に、葉が青々と茂った木が一本だけ、ポツンと立っている。木の下には、気持ち良さそうな木陰まである。

「なんて穏やかで……。居心地がいいんだろう」

 思わず呟いてしまうほど、快適な空間。オレ、ここに住んでもいいかも知れないとまで、思ってしまう。


 彼女は幸せなんだろうと思う。

 そりゃそうだ。

 子どもを身ごもり、少しずつ胎児の胎動だって感じ始めている頃だろう。母となった喜びをかみしめたりもしているのかも知れない。

 考えながら、丘のふもとをゆっくり歩く。

 一本しかない木を見ながら。空を見ながら。風を肌に感じながら。


「あそこかな?」

 丘の反対側まで来ると、少し離れた場所に小さな家が見えた。オレはその家に向かって歩き出した。

 丘と木と家。それしかないこの空間で、一番興味をそそられるのは、もちろん、その家だったからだ。

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