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犬神と呪術 5

 いつの間にか眠っていたらしい。肩を揺すられて目覚める。

「あれ、すみません。いつの間にか寝てたみたいで」

 目をこすりながら顔をあげると、南部以外はいなくなっていた。


「たぶん何とかなりそうです。バロンを捕まえる仕事、お手伝いさせて頂きます」

 自信のありそうな南部の様子に、彼らの力量を知らないにも関わらず、なぜか任せても大丈夫だろうと、思った。


 詳しい説明を南部から受ける。それは至極単純な、にも関わらず大きな成果を得られるであろう方法。

 強力な陣を描き、そこにバロンを誘き寄せる。範囲が狭いほど強い力を発揮するというそれは、陣に足を踏み入れた者の動きを封じてしまうという。

 その陣の境目に結界を張り、その結界の中、つまり描かれた陣の上、空中には別の動きを封じる為の呪術を施す。二重の術を施し、より強力にするんだと言うのだ。

 問題はどうやってバロンを誘き寄せるかだが、その辺は仁にも協力してもらえば何とかなるだろう。仁だって、バロンを捕まえる為なら協力は惜しまないはずだ。


 最後に、やはり気になる彼らの力量について確かめてみた。

「参考になるか、わかりませんが」

 と、彼の口から語られたのは、過去に起きたとある事故。力が強すぎた為に起きた、呪術の事故。それを起こしたのが南部だったそうだ。その代償が車椅子。そして、それをきっかけに表向きは託児所をしているらしい。

 それを聞けば十分。かなりの力の持ち主だと確信できた。


 連絡先を確認し、実行の日が決まったら連絡することを約束する。民間人の協力を得る時は、上の承認が必要になる。報酬も払うことになるし。

 報酬の話をすると、南部は「新しい遊具が買えそうですね」と喜んでいた。


 南部に別れを告げるとエアバイクにまたがり、オレは役所へ戻る道を急いだ。


 役所の自分の部屋に戻ると、当然のようにそこに仁たち三匹が寝そべっていた……。

 そのうちオレの部屋が乗っ取られるんじゃないかとか、現世にいなくていいのかよとか、そんなことが頭に浮かぶ。

 現実になりませんように。


 デスクに向かう途中で、仁がオレに気付いたらしい。ゆっくりと立ち上がり、伸びをする。相変わらず、かすかに開いた口から覗く牙が怖い。

「で?」

 こいつは無口なのか口下手なのか。必要最低限のことしか口にしない。

「お前さ、囮にならね?」

 怪訝な表情をする仁に、南部に聞いた通りに説明する。いつの間にか昇華と刻水も目を覚まし、話を聞いていた。


 術式に関して言えば、詳しくはわからないので、本当に南部から聞いたままの説明になったが、それでも三匹には十分理解できたらしい。

 仁が囮になるのも仕方のないこと、むしろそうしないとバロンは出てこないだろうと、二つ返事でやってくれることになった。

 他にオレがすべきことと言えば、榊さんに作戦と南部たちの協力を仰ぐこと、それから捕獲ではなく仁が体に取り込む形にしたいことを伝えるくらいだろうか。

 その上で決行の日取りを決める。


 善は急げ。そろそろ夕飯の時間だったが、榊さんにとりあえず電話をかけることにした。


 残念ながら榊さんは席を外しているらしく、戻る時間を確認して電話を切った。

 夕飯を食べる時間はあるし、先に食堂に行くことにする。仁たちには、また明日来てもらえるように頼んだ。

 頼んだんだけど……。帰る気配がない。

「我々のことなら気にするな」

 って、気になるに決まってるだろう?

「榊さんに連絡とったりしないと、次のことは決まらないからな。一回帰って、明日また来てくれ。わかったな?」

 三匹に念を押して、オレは食堂へ向かった。

 そのうち、本当にオレの部屋が乗っ取られるんじゃないかと、気が気でならない。


 それでも食堂につくと三匹のことは忘れて、これまでのまとめと、これからの予定を頭の中でのんびり考える。

 もちろん、考えるより食べるのに夢中になってる時間の方が長かったけど。


 榊さんが戻る時間に合わせて部屋に戻ると、再び電話をかけた。今日の予定はもうないと言うので、榊さんの部屋で話をすることになった。

 ちなみにオレが部屋に戻った時、例の三匹はいなかった。こっそりと胸をなでおろしたのは、秘密だ。


 電話を切るとすぐに、榊さんの部屋へと向かった。

 数日前に通ったばかりの廊下を通り、榊さんの部屋の前に立った。


 これまた数日前と同じようにドアをノックし、榊さんの返答を待って中に入る。

「なんだったかな、辻村君?」

 榊さんはデスクの向こうに立ち、窓の外を見つめていた視線をこちらに移した。

「今回の件で、二つほど承認して欲しいことがあります」


 榊さんに促されて、ローテーブルの左右に置かれたソファーの片方に座る。榊さんはもう一方のソファーに座り、ローテーブルを挟んで向かい合う形になった。

「一つ目なんですが、民間人の協力を仰ぎたいと思います」

 榊さんに南部たちのこと、依頼内容と相手が了承済みであることなどを伝える。

「わかった。明日一番に契約書を持って行かせる。で、もう一つは?」


 オレは言葉に詰まってしまった。

「それは、仁のことなんですが……」

 仁たちの希望を叶えるのはやっぱり無理なんじゃないかと思うと、先が続かない。

「あぁ、そう言えば君のところに来るという犬神と、バロンの言う犬神との関係は?」

 なんとなくバタバタしていたせいか、オレは肝心なことも伝えていなかったらしい。

「それは、同一人物、というか同一犬神? でした。本人に確認しました」

 オレは仁から聞いた、仁とバロンの関係を簡潔に、榊さんに伝える。


「それで、ですね……」

 再び口ごもるオレを、榊さんは視線だけで先を促す。

 オレは諦めて話すことにした。

「仁から、というか、仁とその友だち? から要望が出ています。……バロンを捕獲するのではなく、仁に取り込みたいと」

 榊さんは片眉をあげた後、今度は眉間に皺を寄せた。

「取り込むとは具体的にどのように?」

「はぁ、それが簡潔に言えば食べるんだそうです。食べて体内に取り込むっていうのかな……」

 きっと想像したに違いない。眉間の皺がより深く刻まれた。オレも思わず想像したもんなぁ。気持ちの良いもんじゃなかったけど。


「それで、取り込んだバロンを仁が制御したいんだそうです。つまりは本来の、バロンが分かれる前の仁に戻ることになります」

「だが、なぁ……」

 榊さんは考え込んでしまっていた。

「元々、生死不問の捕獲という依頼でしたし、ダメ、でしょうか?」

 望む望まないに関わらず、なんとなくオレのところに来ていた仁という犬神に対してオレは、情がわいていた。

 刻水や昇華とのやり取りも見ていて、なんとなく三匹の絆のようなものにも気付いた。

 あいつらの望むようにしてやりたいと、そう思った。仁は一番の当事者でもあるのだから。


 考え込む榊さんを急かしたくはない。よく考えたうえで、仁たちの望む結果になれば良いと思う。

 ……思うんだけど、反面、早く決めて欲しいとも思う。


 ソファーの上に座ったまま、ピクリとも榊さんは動かない。どうしたもんかな。

「うん、よし」

 突然、榊さんが声をあげた。決心したのか、晴れやかな顔をしてこちらを見つめる。

「お前に任せる。その場の状況次第で、捕獲するなり殺すなり、仁に取り込ませるなりすればいい」

「マジっすか?」

 正直、ダメだと言われるんじゃないかと思ってた。だって取り込んだあとの保証がない。

 そういう点で言えば、捕獲、それも死んだ状態で、というのがベストだとは思う。


「我々としては、バロンによる被害が抑えられれば問題はない。それが、生死不問の捕獲命令の理由。仁が自分の中に取り込んだとしても、今後バロンのような被害をもたらさなければいいよ」

 榊さんは立ち上がり、オレの肩に軽く手を置くと、「辻村君を信頼してるよ」と、かっこいい上司のセリフをはく。そんなこと言われたらやるしかない。張りきって頑張っちまうよな、普通。

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げて、オレは榊さんの部屋を退出した。


 翌朝、目が覚めると既に仁のいる気配がした。寝坊でもしちまったかと、慌てて時計を探す。デスクの上の時計は、相変わらず書類に埋もれて見えない。

 ぼんやりとする頭で「そういえば……」と壁掛け時計を見上げる。

 まだ早朝だった。オレの感覚で早朝なのではなくて、世間一般的に考えても早朝に入るだろう。

 起きるのはもっと後の予定だった。まだ食堂も開いてやしない。


 昨夜、榊さんの部屋から退出すると、まずは南部に連絡を取った。明朝に契約書を持った人が行くということと、もう一点重要なこと。

 それはいつなら動けるかと言うこと。

 陣を描いたりするのに半日かかるが、その時間さえとってくれればいつでも問題ないと言う。

 それからすぐに医師団のメンバーに連絡を取った。場所や日にちを決めるためだった。

 とりあえず時間の取れる連中だけで朝っぱらから集まることに決まった。


「おい、仁」

 デスクの前の床寝そべっている仁に声をかける。

「お前、いつからいたんだ?」

 まだ寝ていたいが、ここで寝たら予定していた時間に起きれないような気がした。眠気のまとわりつく体をソファーから引き剥がし、起きあがる。


「夜明けと共に」

 夜明けって、いくらなんでも早すぎるだろう。

「気になって仕方ない」

 まぁ、気持ちもわからんでもないが。

「日程とかは、これから決めるんだ。昼には決まると思う」

「私のことなら気にするな」

 仁は伸ばした前足に、再び顔をうずめた。

 って、そこで寝るのかよっ!

 バロンと決着をつけるその日までもうすぐ。気になって仕方ないのはわかる。だがしかし、お前がいるとオレが気になるんだよ!

 なんて、心の中で叫んでみても仕方のないこと。


 寝ている仁を置いて、オレは魂保管庫へと向かった。手持ち無沙汰だったからだ。

 中に入ると、いつものように空調がきいており、過ごしやすい。

 棚の間を回り、いくつかの魂のチェックをする。張りなどのさわり心地や見た目をチェックしていく。

「今日も問題はないな」

 隅にあるデスクの上に、チェックした旨を伝えるメモを残しておく。

 忙しくても、毎日の魂のチェックは必須。オレができない日には誰かがやらないといけない。役所に住んでると、休日でもチェックが出来るのは便利だったりする。

 誰もいない時にチェックした時は、メモでも残しておかないと、他の奴らが困ってしまう。チェックしたことを記載する欄が、日報にあるからだ。


 まだ時間があったので、デスクの上に置かれた書類を片付けていった。

 内容を確認して承認するだけのものが大半で、着々と片付けていく。


 いつの間にか集中していたらしい。ふと時計を見ると、役所の食堂の開く時間だった。

 当初の予定通り、食堂に寄って朝食を食べると、役所を出て街中へ出るためにエアバイクにまたがった。


 待ち合わせ場所についたのは、約束の時間の数分前。既に他の連中は着いて待っていた。

 そこは先日と同じ、先輩の店の前。

 ランチとディナータイムしか扱っていない先輩の店だが、今回は打ち合わせの為に特別に、開いてない店舗を使わせてもらえることになっていた。


 店に入ると先輩がいて「いつもの座敷を使いな」と顎で促される。先輩は下ごしらえでもしてるみたいだった。

 座敷に入ってすぐに、先輩が「食べな」と、お茶と菓子を差し入れてくれた。

 先輩のこういうちょっとした気遣いを、オレは密かに尊敬してたりする。


 菓子をつまみながら、オレたちは細かく計画を練っていく。

 場所や時間は、準備などを加味した上である程度は決まった。場所については、あとは上の了承さえ得られれば良い。

 一番の問題はどうやってバロンを呼び出すかだった。


 仁の協力は得られるので、決まった時間、決まった場所に仁を行かせれば良い。仁を探しているバロンならば、きっと来るだろう。

 だが問題は、その時間、その場所に仁が訪れることを、どうやってバロンに知らせるかだった。


「とりあえず、バロンの出没パターンでも調べてみる?」

 ある一人の提案で、オレらは榊さんからもらっていた資料を再び確認した。

 出没場所、出没時間に何らかの規則性を期待した。あるいは、バロンが潜んでいる場所がわかるのではないだろうかと。

 何度も何度も。いろんな角度から確認した、つもりだ。


「なんかわかったか?」

 資料とにらめっこを始めてそんなに経っていないはずだが、それぞれが既に疲れぎみだった。


「時間帯は、夕暮れ時ばかりですね。確認していないのでたぶんですが、暗くなりはじめた辺りの時間帯ばかりかと」

 時間を中心に確認してたヤツが、資料から目を離さずに答える。


「日にちは適当ですね。連日現れたかと思ったら、数日現れなかったり」

 日にちを中心に確認してたヤツは、片手で眉間を押さえながら答える。


「場所はジパング西部が多いとしか言えないですね」

 仕事柄、地理に強いヤツが答える。


 お手上げだった。そうとしか言えなかった。

 出没場所がわかれば、そこから何とか仁の居場所へ誘導できるかもしれない。出没時間もわかれば、その時間に合わせて準備をすればいい。

 だが、現時点では情報が少なすぎた。

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