人気
俺は自分のチャリを脇に、美雪のバスを一緒に待っていた。
夜だといっても日は沈むわけもなく、気温が下がるというわけでもなかった。
じわじわ、じわじわと、その熱い空気が身体に溜まって汗を流した。
その日の様子はなんだかおかしくて、学校周辺に人がいないかのような静けさだった。
美雪は
「こんなに人がいないと、世界で一将くんと二人きりになったみたい。」
と幸せそうに笑った。
あぁ、と俺は相槌をうつ。
その美雪の笑顔に癒されながらも、間の抜けた感想に何だか少し嫌な気分になっていた。
美雪の使うバス停は高校の目の前にあった。
美雪は高校から少し離れた所に住んでいて、そこから毎日バスで通学していた。
けれど俺達の住む町はそこまでバスの流通が良いというわけではなく、遅い時間になるとやはりその本数は限られてしまっていた。
「ごめんな」
俺が寝ていたせいで、美雪の帰りが遅くなってしまった。
そのことについて美雪に謝ると、彼女は俺を見ずに首を横に振った。
「いいのいいの。一将くんこそごめんね。別に私のバスなんて、待たなくても大丈夫だよ?」
普段の何気ない会話に、美雪の優しい心遣いが見えて、心が和まされる。
「いや、俺が悪いから待つって。」
「いいのに。一将くん、危ないから、先に帰りなさーい。」
「だめっ、美雪が危ないから。」
こんなやりとりは日常茶飯事で、今日もいつもと同じように美雪は笑っていた。
また抱き締めたくなる衝動を抑えて、汗で滲んだチャリのハンドルを一瞬強く握り、誤魔化すように周りを見渡した。
すると人気のない風景が、まるで俺を隔離しているように見えて急に孤独感を感じる。
「…なぁ、何でこんなに人少ないの?」
俺は顔を再び美雪に戻して問う。
「帰宅ラッシュの時間じゃないからかな?」
美雪はそう答えた。
納得のいかない俺は、そうか、と一つ呟いて、あとは車の通らない道路をぼんやりと見ていた。
ぬるい風が吹いていた。
そんな風が吹いたところで、涼しくなるわけでも、暑さが紛れるわけでもなかった。
今はまだ我慢出来るし、暑さに対する余裕もあるが、これからは本格的に暑くなる。俺はあまり夏が好きではなかった。
だからと言って凄く嫌いというわけでもなかった。
夏にしか出来ないことも多いからだ。
もうすぐ夏休みがくる。これからどうしようか。
「それにしても」
美雪が口を開いていたことにも気付かず、思わず肩が跳ねる。
そんな自分が恥ずかしくて、誤魔化すように美雪を見ると、大きくて深い瞳と目が合った。
再び美雪が口を開く。
「一将くんて、一回寝ちゃうと全然起きないんだね。なんか死人みたいだった。」