美雪
夢から覚めた。
視界いっぱいに机の木目が広がった。
枕代わりにしていた手首がじんじんと痛む。
見るとそこだけ圧迫されて跡が残っている、おまけに汗で少し濡れていた。
また、教室で寝ていたのか。
「………。」
「おはよ、一将くん♡」
聞きなれた声がして顔を上げると、見慣れた少女が、見慣れた制服で、前の席の椅子に座って、俺の顔を覗き込むようにして、笑いかけている。
寝起きで意識の浅い俺を見て、彼女がひとつ面白そうに笑った。
「どうしたの一将くん?」
そこにも跡がついていたのか、彼女が俺の額を撫でた。
少女は「美少女」と形容してもおかしくないほどに、顔立ちは整い、肌は白く、体も腕も俺を撫でる指さえもほっそりとしていた。
彼女は額から手を離すと、「行こうか」、と立ち上がり俺を促す。
何のことかと辺りを見渡しても、夕焼け色に染まった教室には、俺と彼女以外誰もいない。
意識が覚醒するにつれ、代わりに焦りが大きくなる。
「…俺、…どれくらい寝てたの…?」
俺は、寝ていた。それも授業中にだ。
それはまだ記憶にある。
しかし、今はこの教室に誰もいないということが問題だった。
「んーとね。」
彼女が制服の袖をまくり、確認する。
「今、夕方の6時くらい。一将くんは4限の体育が終わって数学の授業中に居眠りしてから今まで、ずっと寝てたんだよ。」
「…え。」
外の烏の鳴き声が、校舎に反響していた。
つまり俺は4限の体育が終わってから、数学も、物理も寝ていたということか。
これほど恥ずかしいことはなかった。皆が授業を受けている中、俺だけずっと寝ていたということだ。
「ってことは学校で2時間以上寝てたのか?!気付いてたんなら起こしてくれればよかったのに…!」
すると彼女があははは、と面白そうに笑った。
「そーはいかないよ。おもしろかったし、一将くん、結構起こそうとしたんだけど全然起きなかったんだよー?」
その言葉に、俺は反対に呆れたようにため息をつくしかない。
「…だとしてもなあ…。 …結構待ったろ?ごめんな。全然起きられなくて。」
俺が手早く荷物をまとめて立ち上がると、続いて彼女もぴょこんと立ち上がり、彼女は俺を見上げる形になった。
彼女は照れくさそうに首を振った。
「ううん、いいよ。それに美雪はいつもの一将くんとは違う一将くんを見れたから、良い。どんな形でも、一将くんと一緒にいられる時間はやっぱり幸せだから…」
そう言ってぽやーっと笑う彼女が何だか愛おしくて、教室であるにも関わらず俺は彼女を何度も抱き締める。
「ありがとな、美雪。」
佐山美雪。
成績優秀、運動神経も抜群で、優しくて、皆に好かれていて、俺だけを好きでいてくれて、一生懸命俺に尽くしてくれて。
そして世界で一番好きな、俺の彼女。