追跡者
月も出ていない真っ暗な夜。
大陸全土が闇に包まれた夜。
のちに『アルテリアの黄昏』と呼ばれる夜。
真夜中で人が皆寝静まった中、アルテリア帝国とその隣国、アインツベルト王国の王室には火が灯っていた。
アインツベルト王国国王シャルル・デルタ・ジリア・アインツベルトは月のない空を見上げながらワインを口に含む。その口元は歪み切っており、その笑みは見たものすべてを震え上がらせるほどの残酷な笑みだ。シャルルは想いを馳せる。今頃隣国で行われているであろう大量虐殺の光景を思い浮かべながら。
シャルルがワインを飲んでいる頃アルテリア帝国は火の海に包まれていた。
アルテリア帝国。
この大陸で最も古き時代から続く偉大なる国。人口は他国の追従を許さない3億人。大陸全土の実に4割の領土と人口を誇る大陸最大の帝国。その帝国は建国から実に3000年もの歳月を経て、500年の永きに渡りこの地に平和をもたらした。どの国も帝国の誇る軍隊には敵わないからである。帝国兵3000万人。市民兵6000万人。更にこの世界において魔術と呼ばれる超常現象を引き起こす、まだこの3000年で124名しか確認されていない魔術師を常に控えさせていた。圧倒的な軍事力。他国はただ帝国の顔色を窺い、媚を得るしかなかった。されど他国からは嫌われていたが平民からは皇族や貴族は皆、慕われていた。この帝国には俗にいう腐った貴族はいなかった。いや、根絶やしにされた。年に一度徹底的に調査するのだ。重税は掛けられていないか。横領が行われていないか。賄賂が行われていないか。もし、何か横領などの行為が見つかった場合、即座にその家は取り壊され、その一族の当主いかその家族は皆処分され、財産はすべて国に返還される。
そのため貴族は皆、善政を行っている。腐った貴族が居ないのはこの帝国だけで、『奇跡の帝国』とも密かに帝国の平民やその周辺国の平民からは呼ばれていた。
そんなアルテリア帝国に使者が来たのは3日前だった。
アインツベルト王国。
アルテリア帝国の東の隣国である。
小国でありながら、ここ20年で急激に急成長をはじめ、あと100年もあればアルテリア帝国とも張り合えるのではないかといわれている王国。
人口はアルテリア帝国の20分の1の1500万人。領土は30分の1だ。
そんな小国から13名の使者が来た。
使者は皆背格好がバラバラで杖をついている爺さんからまだ子供までいた。
そして、使者がアルテリア帝国に伝えたのは併合の提案だった。
それもアインツベルト王国がアルテリア帝国に併合されるのではなく、アインツベルト王国がアルテリア帝国を併合するというものだった。
当然、帝国はその提案を拒否。
拒否すれば戦争となると言われたがこちらが負ける事などあり得ない。
アインツベルト王国の王国兵は100万人。市民兵は50万人なのだ。
戦争となれば間違いなくアインツベルト王国は敗北する。
だから戦争と言われ様と拒否した。
しかし、いざ戦争と箱を開けてみればそれは帝国民の悪夢の始まりだった。
開戦したのは、使者が帰ってから翌日。つまり昨日だ。こちらは帝国兵1000万人を投入した。
対して王国は使者である13名のみ。
これに対し帝国は馬鹿にされたと怒りを露わにし、王国への進軍を開始する。
しかし、帝国軍が王国に進軍しはじめた時、使者の中にいたじいさんは杖を天に翳し、呪文を唱えた。
一瞬だった。
一瞬で帝国軍は約500万人の兵の命を失った。
生き残った兵達は何が起きたか分からず、そこに棒立ちしてしまい其処を残りの12名の使者が追撃を開始する。
使者達はそれぞれ魔術とは異なる異能を有しており、開戦から経ったの1時間。1時間で1000万人いた帝国兵は1人残らず殺された。
使者達は兵を殺し終わると帝国への侵略を開始する。
辺境の村々から侵略されて行きもう残すはここ、帝都のみ。
皇帝は今更ながらに後悔した。
あぁ、何で王国の事をもっと調べなかったのか。
何で併合は無理でも同盟を結ぼうとはしなかったのか。
あの化け物達は一体なんなのか?
しかし、後悔してももう遅い。
敵はすぐ其処まで迫っているのだから。
嗚呼〜疲れた。
一体これで何人目だろう?
1万人?いや、少なすぎるな。
じゃあ、10万人?いや、もっと狩った気がする。この帝国の人口は3億人だから…1000万人ぐらいは狩ったかな?
はぁ、しっかし全く我らの国王もひどい事してくれる。
あんな言葉を伝えたら戦争になるのは分かり切った事なのに。
少年は先ほどまで平然と帝国の民や兵士を狩っていたが今は少しだけ悲しげな顔をしている。
どうしてここまでしなくちゃいけない。
最悪、帝都の平民と帝国の貴族を全員殺すだけで良かったんじゃないか?
辺境の村々まで滅ぼさなくても良かったんじゃないか?
……わからない。
……いやきっと我らの国王には深い考えがあるはずだ。ならば俺は従うだけだ。
使者の一人、全身を黒づくめの装束を纏い、首から鼻にかけて黒い布を巻いて、首から後ろに垂らしてある。その装束の内側には様々な暗器が隠されており、全身には帝国民を殺し回ったはずなのに、返り血一つついていない。
髪と黒い布の間から見える顔は幼さが残っている。
だが、それも当然である。
この少年はまだ12歳。本来ならば学園に通うか学園に通えず家で働いている年である。
しかし少年は使者として侵略者としてなにより『追跡者』としてこの帝国の地に立っている。
しかし少年はこの命令に乗り気ではなかった。
まして、使者の内少年を含め乗り気ではない者は7名にも及ぶ。
しかし少年らは命令に従う。
それが生き残るための近道だから。
大陸全土に住まう人間は、亜人は今日この日この3000年の永きに渡りこの地に君臨した帝国、アルテリア帝国の滅亡『アルテリアの黄昏』を引き起こした王国、アインツベルト王国を心に刻み込んだ。
この国は敵にまわしてはならないと。
『アルテリアの黄昏』と呼ばれるこの悲劇をたったの13人で起こした『追跡者』と呼ばれる彼らを敵に回してはならないと。
『追跡者』として訓練を受け、『追跡者』数百人の中でも『超越者』と呼ばれるシングルナンバーとなった少年は帝都を敵を探しながらぶらぶらと歩く。
見回すと壊れ果てた建物が炎に包まれているのが嫌でも目に付く。
壁には赤い色彩が余すとこなく塗られ、その下には"物"に成り果てた生無き者が転がっている。
耳を澄ませば同胞の一人の笑い声が聞こえる。
とても嫌な声だ。
もし王に止められていなければ、殺していたであろう不快な男。
殺す事に快楽を見出す狂った男。
少年はその男が殺したくて仕方がなかった。
此処は戦場だから、殺してもばれないんじゃないか?
もし、何か言われても戦場だからいくらでも言い訳はできる……。
そんな事を考えながら歩いていると前方から何かを引きずる音が聞こえてくる。
その方向に向かって歩いて行くと一人の帝国兵が平民らしき人を背負いながら城を目指していた。
その兵士を見ているとますます分からなくなる。
本当にこれで良かったのか?
戦争以外の道まだあったんじゃないのか?
そんな事が少年の頭の中をぐるぐると巡っていく。
だけど少年は止まらない。止められない。命令だから。
両の手の人差し指と中指に付けた指輪の左手の人差し指の指輪から鋼糸を垂らし、前方の兵士達に向かって無造作に腕を振るった。
すると兵士とその兵士に背負われていた平民の上半身がずるりとズレ、下に落ちた。
少年は自分が殺して"物"にした"物"を眺め、少し顔を曇らせて城に向かって進む。
城にたどり着くまでの間に実に100人近くの兵士と平民に遭遇した。
その度に少年は両の手の指輪から鋼糸を垂らし腕を振るった。
そしてあっさりと"物"に変えた。
遠くからも戦闘音が度々聞こえ、まだ帝国の抵抗が見えた。
だけど直ぐに戦闘音は止み、また別の場所で音が聞こえ出す。
少年はその事を気にする事なく城の中に入る。
どうせまた直ぐに聞こえなくなるだろう。
城の中に入るとやはり兵士が待ち構えていた。
中には他の兵士とは違い鎧の性能が高そうなのも混じっていた。指揮官なのだろうか?が関係ない。
再び鋼糸を垂らし無造作に振っていく。
ふと気がつくと赤い池とまた"物"に成り果てた"物"が無数に転がっていた。
本来ならば鋼糸で多数の兵士を相手にするのは馬鹿げている。
鋼糸は罠に主に用いられるのだから。
しかし、少年の技術がそれを可能にする。
鎧の繋ぎ目を瞬時に判断し其処にピンポイントで鋼糸を振るう。
それはただの兵士にもそれこそ『追跡者』にもできぬ事。しかし少年は『超越者』でありシングルナンバーだ。
故にそんなデタラメを可能とした。
城の最奥部に入ると帝国の皇帝、そして大将たちが待ち構えていた。
流石は大将クラス。
城の外や中の兵士と比べ練度が違う。
だがやはり少年を迎え撃つのには弱すぎた。
少年は鋼糸で戦うのをやめ、ナイフを二本取り出し構える。
そんな少年を見て大将達は馬鹿にするような笑みを浮かべる。
目の前の使者はまだ十代前半の子供だ。こんな子供に遅れを取るはずがない。まして得物は小さいナイフだ。
そんな事を考えた大将達。それは皇帝も同じだった。
しかし少年と大将4人との戦いは僅か1、2分で終わった。
一人目に油断していた大将の懐に入り心臓を一突きし近くにいたもう一人には喉をかっ切った。
一瞬だったため何が起きたか分からないと隙をみせた大将には少し距離があったためにナイフを二本とも投げ喉と心臓に刺さった。
残り一人。一人となった大将が何かわめいているが少年には聞こえない。手刀で体を斬り裂き、地のついた腕を宙で振るう。
すると腕についていた血が皇帝の顔にかかり、更に皇帝の恐怖心を駆り立てる。
皇帝も大将と同様惨めに喚き散らすがやはり少年には聞こえない。
嗚呼、これで戦争は終結。
やっとこの地獄から帰還できる。
少年は皇帝の首を手刀で斬り裂いた。
皇帝の首を持って城から出る。
やはり戦闘音は聞こえなくなっていた。
目の前には少年以外の12人が既に集まっておりどうやら少年を待っていたらしい。
そしてやはりあの狂った男も生きていた。
少年は思わず顔をしかめそうになる。
少年の姿が目にはいると『追跡者』達はアインツベルト王国に向かって歩き始める。
少年に向けて労いの言葉はかからない。
『追跡者』に仲間意識などないからだ。
今回は偶々同じ任務だっただけで基本単独行動が『追跡者』だ。
故に任務の完了を確認できれば後は個々で帰還する。
少年もそれは理解しているし、そもそも馴れ合うつもりもない。
少年も他の『追跡者』のようにアインツベルト王国に向けて歩き始めると何処かからすすり泣く声が聞こえた。
少年は鳴き声のする方に向かって歩み始める。
道には足の踏み場もないほどに"物"で溢れかえっている。
少年は"それ"を踏まないように気をつけながら近づいて行く。
そして目に入ったのは片腕を無くし、全身が赤一色に染まった女の子だった。
何から何まで赤に染まり、服は元が何色であったかなど想像できないほどである。
髪はかろうじて銀色だと分かるが血により髪が固まり元は美しかっただろう髪は痛み切っていた。
顔はとても可愛らしいが目の周りは泣きはらし、唇は真っ青になっている。
体の大きさから見てまだ10歳になっていないだろう。
そんな女の子は父親であろう男を抱いて泣き続けている。
男は腹に巨大な穴が空き、誰が見ても死んでいるのが分かる。
女の子も分かっているのだろう。父親を起こそうとするのではなく、ただすがるようにして泣きついていた。
少年はその光景を見て考える。
嗚呼、やっぱり俺は間違えていたんだ、と。
少年はその女の子に近づくべく手に持っている汚物を捨て、怖がらせないようゆっくりと歩く。
足音で気づいたのか女の子はこちらを向き涙を流しながら
こ、ころさないで……
……まだ、しにたくない……!
少年に向かって必死に懇願する。
やっぱり怖がらせちゃったな、と少し苦笑いした。
そして女の子の前に立った時、女の子は恐怖で身を縮こまらせ震えていた。
少年はそっと女の子を抱きしめ
もう、大丈夫だよ。
怖い人たちはみんないなくなったよ。
もう此処に君を殺そうとする人はいないよ。
だから、安心して?ね?
なるべく優しくはなしかけた。
ほ、ほんと?
うん、本当だ。君はもう死なないよ?
すると女の子は安心したのか眠ってしまった。
さて、この子の腕を治さないとな。
少年は自分の手のひらをナイフで切り、その傷から出てくる血を女の子に飲ませた。
すると、少しずつだが治るというより生えてくるようだが腕が元に戻っていく。
少年は血を飲ませると女の子を抱えて立ち上がりゆっくりとアインツベルト王国に向かって歩き出す。
其処に『追跡者』の爺さん、アルベルトから連絡が入る。
あと5分でこの国を焼き払う。
それまでに脱出しろ。
少年はそれを聞いて走りだし残り数秒というところで何とか帝国より数km離れた森に脱出した。
流石に全力ダッシュで来たため休憩は必要で近くの樹に座りもたれ掛かった。
女の子は今だ少年の胸の中で寝ており、時折、おとうさん、とつぶやく。
その度に少年は自分のした事を悔やんだ。
どうしてこの任務を降りなかったんだろう?
最初になら断ることができたはずなのに。
そんな事を考えてるうちに女の子が目を覚ました。
あ、あれ?ここは?
此処は帝国から少し離れた森の中だよ。
あのまま帝国にいると危なかったから。
それより腕の調子はどう?
ちゃんと動くかな?
少年が女の子に腕の事を聞くと
あっ!てが、てがなおってる!
何が起きたのか分からないのか、ずっと自分の手を見つめている。
どう?手、動く?
うん!ありがとう、おにいちゃん!
女の子はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
え、えっと……。
ん?何かな?
その……おにいちゃんはてんしさまなんですか?
天使?どうして?
だって……リリのて、なおしてくれたから……。
女の子───リリはそう言って少年を見つめる。
ううん。違うよ。
俺は………………君の国にを襲った化け物だよ……。
少年はリリの問にどう答えようか悩んだが正直に答えた。
ばけもの?
そう。化け物。
君のお父さんを殺した奴と同じさ。
ちがうよ!だっておにいちゃんはリリのて、なおしてくれたもん。
そうか。ありがとう。
うん!
少年はリリの言葉で何処か救われた気がした。
君はこれからどうする?
危険がいっぱいあるけど、俺と一緒に来るか?
少年はもう『追跡者』を抜けるつもりでいた。
今回の事で自分のしている事の間違いに気づいたから。
えっと、いっしょにいってもいいの?
うん。沢山怖い目に会うかもしれないけど、それでもいいなら。
こわいのはいやだけど、いっしょにいく!
だって……もうリリには……おうち、ないもん。
……そうか。
少年は再びリリを抱きしめる。
く、くるしいよ、おにいちゃん!
ご、ごめんね?
ううん!くるしいかったけどなんかうれしかった!
そう言ってリリは笑顔をみせる。
少年も不思議と笑顔になった。
そういえば、自己紹介してなかったね。
じこしょうかい?
そう。俺は君の名前を知らないし、君も俺の名前を知らない。
だから名前を教えるんだ。
えっと、じゃあ
リリナです!おにいちゃん!
リリナか。いい名前だね。
俺はシオン。
シオンおにいちゃんかぁ。
かっこいい名前だね!
ありがとうリリナ。
少年───シオンは自分の名前を褒めてくれたリリナを優しく撫でる。
えへへ。きもちいいなシオンおにいちゃんのて。
リリナはとろけそうな顔で撫でられていた。
さて、じゃあ行こうか?リリナ?
いくってどこに?
俺とリリナが一緒に暮らす場所を探しに。
それを聞いたリリナはとびきりの笑顔で
うん!!
大きな声をあげ、シオンの手を取り駆け出した。
最後までお読み頂いた方、ありがとうございます。
最初から最後までグダグダで特に後半がひどい!と思った方もいらっしゃったと思います。こんなんで連載できるのかと思われた方もいらっしゃると思います。
おっしゃる通りです。
一応僕の中では連載をするにしてもまだ先ですのでそれまでに僕の腕が上がる事を願っていただければありがたいです。
最後に、これからも時々他の作品を書いていきますのでお暇な時にでも読んでいただければと思います。