第九十四話「書類地獄からの脱出」
ちょっと原点に立ち返って、ミーシャ視点でどうぞ。
流れる雲、過ぎ行く景色、降り注ぐ太陽、真っ青な空。
本日快晴、空高く。
「……ふぁっ、あぁぁ~」
流れる景色を眺めながら、私は大きな欠伸を一つ。
「……淑女ならもっと慎みを持て」
隣の席に座る、メアリが睨みつけてくるが、私は肩を竦めて見せた。
「やっと来た休暇だ、気の一つも緩むさ」
「名目上は『同盟国の教育水準の視察』と『使える人材の引き抜き』だろう? それに、周りの目くらい気にかけてくれよ、『ミーシャ・R・ライヒ』総統閣下」
私はメアリの話しを聞き流し、窓の外の景色を眺める。
そう、約半年振りの休暇なのだ。
私がナナル王国に到着したのが去年の十月。
ナナル王国との交渉も上手くいき、国土も手に入れた。
ガダナガナル諸島。
大小五つの島からなるこの地をナナル王国から譲り受け、整備を急ピッチで行った。
一番大きな島に飛行場をまるまる召喚し、空軍基地とした。
もちろん、島の至る所に高射砲も設置して周り、陸軍施設課が総出で重機を使って島内に道路を設置した。
この島の名前を『ヨコタ島』と呼ぶ。
二番目に大きな島には陸軍の基地を建設した。
倉庫には向こう十年分のあらゆる兵器や弾薬を召喚して保管した。
今も補給課の兵士は不眠不休で弾薬を数えているだろう。
この島の名前を『フジ島』と呼ぶ。
三番目に大きな島には外交、貿易用の街と工場を造った。
まず、東の大陸からの難民全家族分のプレハブ小屋。
そして、大量生産のための各種工場、主に布や紙などの工場だ。
今だに、ナナル王国から大工を招いて日夜住居や街の建設は続いている。
この島の名前を『ナガサキ島』と呼ぶ。
四番目の島には海軍基地を造った。
これは海軍工廠と湾口設備を丸々召喚しておいた。
また、新たに軍艦を召喚して停泊させている。
今も、新兵の訓練が行われている。
この島の名前を『クレ島』と呼ぶ。
また、この島の近くに海上プラントを召喚して研究所にした。
所長に就任したオリヴィアが嬉々として兵器を運び込む様子は狂気じみていた。
このプラントは『サセボ研究所基地』と呼ばれている。
最後に、その四つの島に囲まれた小さな島に行政、司法の中枢を設置した。
この間まで書類に追われていたのだ、思い出すのも嫌になる。
この島にだけは、まだ名前すら無い。
もちろん、全島に飛行場、港、防波ブロック、防波堤も召喚した。
陸軍施設課は上下水道に交通網、通信網、発電所と全部の島を巡る工事を続けている。
ここまでで二ヶ月も消費した。
普通なら”たった”二ヶ月だろうが、私から言わせれば二ヶ月”も”消費したのだ。
処理しなければいけない内容は山積みだった。
その最たる例がナナル王国から帰って来た条約の内容だった。
『ナナル王国は旧サンジェンス伯爵領と旧リビング伯爵領の委託統治を願い出るものである」
この一文に上層部は騒然とした。
リビング領と言えばナナル王国王都に次ぐ規模の港を誇るリビングシティを持ち、サンジェンス伯爵は広大な穀倉地帯を抱える、その面積はナナル王国の約四分の一。
食料の生産を私の召喚術と輸入、あとは一部の土地の生産に頼る大和帝国には願っても無い一等地である。
しかし、人手不足の帝国では扱い切れないと判断し、ナナル王国側からの執政官を迎えて何とかこなしていた。
そして、一週間前。
十二月から掛かった大陸鉄道は休みの無い重機の行進と雪と寒波との格闘、私の線路召喚とヴィーナの転移魔法によって何とか開通に漕ぎ着けた。
大和帝国への入り口であるへストンシティ(旧リビングシティ)から出発し、中継基地のあるトーマス(旧サンジェンス伯爵領の街)を経由、ナナル王国との国境を越え、学園都市アーガムを経由して、ナナル王国王都に続く路線だ。
この鉄道の名をこの地の古い呼び名を借りて『マシュー鉄道』と呼ぶ。
そして、私はマシュー鉄道が誇る特急列車『アジーナ号』に揺られ、先日の出来事を思い出していた。
******
「……のぉ、ミーシャ? のぉ、ミーシャ? 我のご飯はまだかの?」
「……何言ってるんですかマシリーさん? 三十四時間前に食べたでしょ?」
「ま、毎日食べさせて欲しいのだー!!」
「えぇい! わめいてる暇があるなら一枚でも書類片付けろ!」
ギャーギャーと私とマシリーは騒ぐ、もちろん手は止めない。
「こらぁ! ペペル! 寝るんじゃねぇ!! 枚数増やすぞコラァ!!」
机に突っ伏しているペペルに檄を飛ばすも一瞬ピクリと動くだけだった。
「……死んでんじゃないのか?」
「魔族がこの程度でくたばるか! 起きろォ!! たかが六十八時間寝てないだけだろうが!」
今、この中央島統治館執政室には、黙々と作業をするゴーザスとヴィーナ、檄を飛ばす私、なんとか処理をしているマシリー、既に息も絶え絶えのペペル、再起不能状態のラビー、ヘルプで来たサニー中尉がいる。
ポルとボルの二人は期待してないし、ヴァルヴェルトに至っては論外だ。
死屍累々の室内にひとつの希望が舞い降りたのはそんな時だった。
執政室の扉が開き、メアリが数枚の書類を持って入ってくる。
「喜べ! この書類でひとまず最後だ!」
「「「「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」」」
メアリが放った一言に執政室は歓喜の嵐に包まれる。
しかし、机に積まれた書類の山を見て一瞬でその波は去った。
「言ってても仕方ないさ。ほれ、もうひと踏ん張りだ」
私は目を通して指示を記入し終わった書類をチェック済みの棚に持って行く。
「……あ、どっこいしょ!」
両手に抱えられた書類がドサリと机に置かれた。
そんな私ん見てマシリーが苦笑している。
もちろん手は止めない。
「まるで年寄りであるな?」
そんな事を言ってくる。
……ふむ、そう言えば……。
私は机に着き、次の書類に目を通しながら呟いた。
「……まぁ、あれ以来、全く生理来てないしな……」
「「「は?」」」
「……え?」
え? そういうもんじゃないの?
私の呟いた言葉に反応した、ヴィーナ、サニー、メアリを見て、一瞬背筋が凍る。
何か私、悪い事言った?
真っ先に行動したのはメアリだった。
一瞬で入り口から私の背後に回るとお構い無しに首根っこを掴んで外に引きずり出す。
「ま、待て! 今、仕事を止めたら!」
「め、メアリ! 待つのだ!」
「だまらっしゃい!!」
私とマシリーの言葉を一喝して遮るメアリ。
おぉ、某軍師の様だ。
「一国の主が体調管理も出来ないとは何事か!! とりあえず医務室に連れて行く!」
そして、私はメアリに有無を言わさず医務室に引きずられて行った。
医者から言われた一言は。
「……ふむ、過度のストレスが原因の月経不順ですね」
だった。
「閣下はかなりお早いですが、これは危険です。早急に長期の休暇を取ってください。過労死の危険も危惧されてますから」
この一言が原因であっと言う間に引継ぎを済ましたメアリにより、強制的に長期休暇を押し付けられた。
しかし、本国に居ては休めないと、ナナル王国に打診、学園都市アーガムにあるミスカミトミック学園に留学が決定したのだった。
******
「……ふぁっ」
私はまた欠伸をひとつ。
本当に久々のゆっくりとした時間なのだ。
春の日差しも心地よい。
仕事に追われていたけど、たしか四月だった筈だ、日にちすら覚えていない。
うとうとと瞼が降りてきた。
<本日はヘストンシティ発、ナナル王都行き特急『アジーナ号』にご乗車ありがとうございます。現在進行方向にて装甲列車がゴブリンの群れと戦闘中です、本車両はしばし停車いたします、ご迷惑をお掛けいたします>
そんなアナウンスが流れてきたのはそんな時だった。




