第八十二話「国家の約束」
「司令! 王都が!」
「クッ! ハメられたか!!」
ナナル王国王都防衛艦隊司令『マシュー・ポーン』は煙が上がる王都で暴れているであろう忌々しい反乱軍を睨みつけた。
マシューはナターシャの幼馴染であり、マリンブルーの髪と藍色の瞳を持つ美青年だ。
マリンブルーの髪は短く切られ、身動きの取りやすい軽装鎧を身に纏うのを見るに貴族流剣術を扱うのだろう。
体のラインはスラリとしているが鍛え抜かれた筋肉はその存在をアピールしていた。
防衛艦隊はナターシャ以下主力艦隊が決戦に赴いた後、南方より敵別働艦隊発見の報告に急いで飛びたしたのだ。
結局、別働艦隊発見は反乱軍がまいたデマであり、まんまとハマってしまった形になる。
「司令! 前方に反乱軍艦隊! それに見たこともないバカでかい船の艦隊が王都に接近中!!」
「……おいおいおいおい!! あの一番デカイのに引っ張られてんの王国海軍の旗艦『グリム』じゃないか!?」
「なんだと!?」
見張りの言葉に慌てて不明艦隊を確認するマシュー。
「……姫……」
マシューはそう呟くと部下へ命令を飛ばした。
「全艦いつでもあの船を撃てる様にしておけ! グリムを助け出すんだ!!」
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一方、反乱軍艦隊(仮称)旗艦『グレートリビング』ではこの艦隊の所有者であるリビング伯爵がニタニタと笑っていた。
リビングとサンジェンスは王国の劣勢を悟るといち早く帝国側と接触、謀反の計画を立てていた。
もともと海軍の増強ばかりに力を入れる王国に不満を募らすサンジェンス、王都に次ぐ規模の港を中心に自領としていて私設艦隊を秘密裏に準備していたリビング、そして帝国との仲介をした南方のミギー伯爵。
武力ではサンジェンスが、海運力や資金ではリビングが、隠密や情報操作ではミギーが、それぞれ連携して動いていた。
「……なんだ、帝国軍は足がかなり早いな。もう到着したのか?」
艦橋に備え付けられた巨大な椅子に腰を下ろす、これまた巨体。
いたるところに脂肪が付き、二重あごどころか四重あご、三段腹どころか六段腹、いったいどうやって艦橋に入ってきたのかすら謎な姿。
おそらく傾斜の緩やかな坂道ですら転べば下まで転がり落ちるだろう。
「はっ! しかし、帝国艦隊にしては規模がかなり少ないかと、艦種もグランドタートル級との話では?」
「……ふんっ! あの巨体、あの風格、まさにグランドタートル級ではないか、いや、グランドタートルすら凌駕しているか。どうせ本隊は後方だろう、これで我が勝利は決まったも同然だな」
リビングは部下の言葉に鼻を鳴らすと先ほどと同じニタニタとした笑みを浮かべた。
「た、大変です!」
「なにごとだ!」
リビングは部下の慌てた声にイラつきながら視線を部下に向ける。
「て、帝国艦隊と思われる巨艦が回頭! か、艦首がこちらに向いています!」
「なぁにぃっ!?」
リビングはそんな馬鹿な、と思いつつ例の艦隊を見やる。
するとそこには防衛艦隊に背を向け、こちらに向き直った巨艦がいた。
「は、発砲を確認!!」
「いったいどういう事だ!? 話が違うぞ!?」
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サンライズ回頭の前。
「……さて、提督。ここに来て大事な話だ」
ミーシャは睨み合う反乱軍と防衛軍の様子を見ながらティ・トークに話しかける。
防衛艦隊の様子を見るに大和帝国艦隊は敵と認識されている様であり、逆に反乱軍艦隊には味方と認識されている様だ。
証拠に防衛艦隊はサンライズに向け砲撃準備体制に入っていた。
「なんだ?」
何をこの忙しい時に、とティ・トークは怪訝な顔でミーシャを見る。
「もし、防衛艦隊から先に攻撃を受けた場合、我々は撃ち返さねばならない」
「!? 何故!!」
ミーシャの一言にティ・トークは驚愕の声を上げる、後ろには声こそ出さないが驚きの表情で固まるナターシャの姿があった。
「……我々は一国家だ、一つの軍隊だ。この船は我々の領土で、家で、乗員全ては家族だ。だから、やられたらやり返す、倍にして、完膚なきまでに、慈悲など無く、二度と馬鹿な真似を考えない様に」
ミーシャはティ・トークを見つめ言葉を紡ぐ。
「ガゼル帝国に敵対して、結果あんた達を助けたのは、偵察隊が攻撃を受けたからだ、ガゼルの艦隊を沈めたのは悪意と敵意を持って向かって来たからだ。なすがまま、やられるままにされて”お話し合い”なんてしてるうちに家族が死ぬ、ならやり返す。一度やられっぱなしになったら、二度と反抗なんて出来なくなる。……まぁ、乗りかかった船はだから? 俺だって手助けしたいが……」
「では!!」
ミーシャはティ・トークを手で制すると悪い笑みを浮かべて言った。
「……今、ここで、いろいろ約束して欲しいんだよねぇ〜」
ミーシャが言った約束とは条約の事であった。
大和帝国上層部にてナナル(書類上”奈々琉”と表記されている)に対して確実に要求、締結しなければならない条約、『大奈安全保障条約』と銘打たれた条約は以下の内容が主だ。
一つ、ナナル王国は大和帝国の独立を正式に承認し、その正当性を保証する。
一つ、ナナル王国は大和帝国の国家としての安定まで、食料など(詳しくは後記する)を援助する。
一つ、大和帝国はナナル王国に対してクーデター、テロリズム、侵略、災害など、いかなる国家的危機に対しても全力を持って援助、救済処置、武力的支援等を行う。
一つ、ナナル王国は大和帝国軍の領内移動を認める、対内外的危機に対応するため王国国内二箇所に軍基地の建設を認める。
一つ、大和帝国はナナル王国に対し一部兵器、艦船を無償貸与する。
「……まぁ、こんなとこだな」
要するに、ナナルは大和を国と認め物資支援し、大和はナナルの敵に対して武力的援助をする。
「……しかし、私では!」
ティ・トークは唸った。
要するに条約を締結すれば反乱軍を討伐するのに条約的な保証が効く。
もう一つは条約の一文にある一部兵器、艦船の無償貸与。
これは喉から手が出るほどに魅力的な話だ。
しかし、一提督である彼が国家間の条約など決めれるはずもない。
「……他の偉い人でもいいんだぜ?」
ナターシャはミーシャの視線に気づき体を硬直させた。
「……気づいていたのですね?」
「……まぁ、な。あんな最前線の軍艦に秘書は無理があると思うしな」
ミーシャの言葉に観念したのかナターシャは姿勢を正す。
「……条約を受けましょう。この私、第一王女ナターシャ・ナナルが責任を負いましょう。父は病に伏せでおります、実質ナナルの全権は私にあります」
ナターシャの言葉に艦橋は静けさに包まれる、戦場なのに、そして。
「「「エエエエエェェェェ!!?」」」
艦橋は驚きの声に包まれた。
ナターシャが驚いたのはミーシャが一番驚いている事だった。




