第三十四話「大騒動と時々出会い」
「ぼ、ぼぼぼ、僕とけ、結婚してください!!!」
少年の一言に食堂内は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。
昼間っから飲んでいたおっさん達が盛大にエールの噴水をあちらこちらで作り上げ。
今まさに味噌汁を飲もうとしていた鎧を纏う髭面の男性は誤ってそれを下半身にぶちまけ、熱さで転げまわっている。
銀髪を三つ編みにしたメガネの少女(十代後半か?)は驚愕で目を見開き口をパクパクさせている、皿に注がれ続ける醤油がデーブルを黒く染めていく。
立派な髭を撫で付けていたご老人は驚きのあまり髭を引き抜いている。
ニャルは先程からピクリとも動かない・・・・・・あぁ、ダメだ、完全にフリーズしている。
ニッキーは「ミーシャは儂が育てた」とか言いたそうな顔で見ていたが・・・・・・彼女的に有りだったのだろう、途中からハァハァとやかましい。
さて、目の前の少年はこの大惨事の落とし前をどう付けてくれるのだろうか。
少年は自分の発言の意味をやっと理解したのか、赤かった顔をさらに真っ赤にしてあたふたしている。
「えっと! い、今のは違くて! いや、実は違わないけど! そうじゃなくって!」
しょうねんは こんらん している !!
とりあえず状況を落ち着かせなければ。
そう思い、ミーシャは口を開いた。
「はじめまして、ミーシャです。まずはお友達から・・・・・・かな?」
ニッキー仕込みの女子力スマイルで対応する、しかしその口元は引きつっていた。
周りから見れば不自然なその笑顔に少年は・・・・・・。
「あ、ありがとうっ!!!」
満開の笑顔で両手を広げ・・・・・・。
ガシッ!
「ふぉわぁ!?」
抱きついてきた。
その時店内が動いた。
来客は全員総立ち、ここにタワーが建ってしまう。
おい、おっさん、味噌汁が熱かったのはわかったが店内でズボンを脱ごうとするな、意味が変わってしまう!
ニッキーは小さな声で「そこだ、そこで押し倒して服を剥げ!!」とか言っている、二、三回クレイジードラゴンに食べられればいいと思う。
しかし、ニッキーの願いが叶う事は無く、復帰したダークエルフが活躍する。
意識を取り戻したニャルは、少年が動きだした瞬間に危険を察知、一瞬で近づき抱きついた少年をミーシャから引き剥がす。
「ご、ごめんなさい! つい・・・・・・。ぼ、僕はアルフォンス! アルって呼んでね!」
元気いっぱいになった少年は自己紹介をすると懐から袋を取り出しテーブルに置く。
「ごちそうさま、今日はもう帰らなくちゃならないから、代金はここに置いておくね。また明日も来るからね!」
袋をテーブルに置いて、少年は元気よく駆け出していた。
そんな彼を呆気にとられたようにチハタン食堂は見送っていた。
「いったい代金どれだけ置いて行くつもりだ?」
そう言いつつミーシャは袋の口からのぞき込む。
そこには磨きこまれた銀色の光沢であふれていた。
「・・・・・・・マジでか」
そう、袋の中は銀貨でいっぱいだったのだ。
銀貨は日本円にして一枚100万円の価値がある、それが20枚程度つまり2000万円が目の前の袋に詰まっている。
チハタン食堂のメニューは激安が売り。
なので基本的な料理は大体銅貨5枚から10枚、日本円で五百円から千円程度である。
ミーシャが袋の中を見て愕然としていると、銀髪の女性がこちらに近づいてくる。
さっき醤油を垂れ流していた女性だ。
銀色の髪をゆったりとした三つ編みにし、メガネをかけた少女。
彼女は何故か腕をぶるぶると震わせ目には涙を貯めている。
「・・・・・・ミーシャ? あなた本当にミーシャ・ラダッド?」
彼女は噛み締めるように、すがり付く様に問いかける。
「えぇっと、そうですけど?」
尋常ではない彼女の様子に若干狼狽えるミーシャが返答をした瞬間。
ガシィッ!!!
「にょわっ!!?」
「い、いぎでだあああぁァァァァ!!!!」
彼女はミーシャに抱きつき号泣するのであった。
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時刻は午後三時くらい。
昼休憩に入ったチハタン食堂である。
昼の「プロポーズ事件」による大惨事で営業不可能な為、午後から臨時休業としていた。
お客のいなくなった食堂に5人の人物が座っていた。
この食堂のオーナーであるミーシャ。
ミーシャの師匠であるニッキー。
ウェイトレスのニャル。
買い出しから帰ってきたゴットン。
そして、先ほど号泣していた銀髪の少女。
「・・・・・・はぁ、す、すみません。お、落ち着きました。グスッ」
少女は深呼吸をして心を落ち着かせている。
「えーと、あなたは一体?」
ミーシャは少女に尋ねる。
何故いきなり泣き出したのか、『生きていた』という言葉の真意は何か。
この疑問は少女の次の言葉で全て解決する。
「はじめまして、私はミナ・アームズ。ソーリアス家でメイドをしています」
「あ・・・・・・・」
そう、彼女はラダッド家メイド『ジュリー・アームズ』の妹である。
ラダッド家のある『フィリス村』から『アーコード』まではだいたい徒歩で一週間程度。
道中のアドバーグでの滞在、食堂開設から師匠の登場によるゴタゴタを含めて早二ヶ月半もの月日が経っている。
つまり、その期間中ミーシャは音信不通のうえ安否不明であった。
「毎日の様に姉から手紙で到着したか問われてまして、やっといい返事ができそうです」
「ごめんなさい・・・・・」
連絡を怠ったのはミーシャの失態である。
これは怒られても仕方ない。
「無事に会えたので問題ありませんよ。まさかこの食堂で働いているとは思いませんでしたけど」
「えっと、ジュリーからは何と?」
「姉さんからは、魔法適正の底上げ修行の為にアーコードの魔術師に弟子入りする予定だとは聞いていました。ヘンベルボックに入学する為だとか・・・・・・しかし、師匠がまさかあの方とは・・・・・・・」
ミナはニッキーの方を見やる。
「プリン、まいうー」
当の本人はデザートのプリンを楽しんでいた。
「人格的には大問題ですけど、知識的にはまさに天才ですよ」
魔法適正とは5段階評価からなる才能の事である、ミーシャは生まれつきこの才能が最低値の1だった。
しかし、魔法適正は知識と経験から底上げが可能でガーデルマンはその為にアーコードに行くように指示したのだ。
結果としてガーデルマンの推奨したニッキー・ノーズは天才であり、そう言う面では最適な人選であった。
ただし、別の意味で最悪の人選でもあったが。
現在、二ヶ月程度の修行で火と風の魔法適正が2へと上昇しているミーシャである。
そこでゴットンが口を開く。
「お嬢? 学園に入学するってこたぁ、この店はどうするつもりで?」
「確かに何故この店を始めたのか疑問ですね」
二人の問いにミーシャが答える。
「この店はもともとヘンベルボックでの入学費と生活費の収入源、それからお供二人の働き口を作るために始めたんです」
そう、今ではチハタン食堂の料理長であるゴットンだが、もともとその筋肉達磨な見た目のまま盗賊の頭領をしていた。
ダークエルフのニャルに至っては喋れない上に奴隷であり、種族的にも社会復帰は難しい。
そこでクレイジードラゴンの討伐報酬をもって適当な事業を開始、安定した収入源かつ二人の社会復帰の場を作りたかったミーシャはたまたまアーコードの入口で助けた商人が食品の販売をしており、しかも前世と同じ様な食材がある事を知って定食屋の経営に踏み切ったのである。
「最初はある程度のレシピを教えて師匠のところに住み込むつもりだったんだけど、まさかその師匠宅が消滅していたとは」
ある程度軌道に乗れば後はゴットンに丸投げするつもりが、ミーシャが出て行くどころか師匠の方から転がり込んでくる始末である。
ミーシャは師匠の方をチラ見する、そのスキが致命的だった。
「お嬢、俺たちの為に・・・・・・ありがてぇ! ありがてぇ!」
ガシィッ!
涙を流しながら抱きつく筋肉に捕まってしまった。
「うわっぷ! だから抱きつくなぁ!!」
本日三回目の熱い抱擁にミーシャのストレスはうなぎのぼりだ。
しかし、ここでニッキーが動いた。
彼女的に筋肉と美幼女の組み合わせは無かったのだろう、抱き着くゴットンからミーシャを奪い去る。
「ちょっと! 筋肉が移ったらどうするつもりよ!!」
「欲しければどーぞ!」
「いらんわ!!!」
筋肉を自慢するようにサムズアップするゴットンに鋭い蹴りを入れながらニッキーはミーシャに向き直る。
「まったく、こんな可愛い子に筋肉なんて似合わないわよ・・・・・・」
ニッキーはミーシャをじっと見つめたまま動かなくなってしまった。
「・・・・・・にへら」
(ゾクゥッ!!!)
その時ミーシャに電流走る!
「ミーたーんっ!!!!」
ゼロフレーム発生的速度でニッキーが飛び付いてきだのだ。
とっさの事に回避ができずに捕まってしまう。
「みーたん言うな!! ちょ、ちょっと待って! 変な所触るな! み、耳をハムハムするなぁ! ちょ、ま、て、手が、どこ触って・・・・・・やめ・・・・・・そこは・・・・・・・」
※以下 諸事情により削除されました※
「んふふ〜」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
数分後、そこには血色の良くなたニッキーと明らかに疲弊したミーシャがいた。
「えー、落ち着きましたか?」
ミナが声を掛けてくる。
「今日の分は補給できたわ」
「まったくあなたは変わりませんね」
「今度はあなたのところのお嬢様もご一緒に如何かしら?」
「結構です」
ミナはピシャリと言い放つ。
「ミーシャちゃん、あなたの師匠も危険ですが、先ほど告白された相手も充分厄介ですからね!」
告白された相手、アルフォンスの事である。
「アルフォンスって一体?」
そう聞くと、ミナは驚いたような顔で言う。
「えっと、聞いたことないんですか?」
次の一言に驚愕するのはこちらだった。
「彼、いえ、あの方は『アルフォンス・ライシス』。このアーコードを含むイース王国の4分の1を管理する三大貴族ライシス家のご子息です」
「・・・・・・・」
食堂内の空気がこの日何度目かに死んだ時であった。




