第二十四話「男の子?女の子?」
Side「ニャル」
「では諸君・・・・・・温泉だ、入浴だ!!」
突然大声を張り上げたのは私の新しい主だ。
主の表情は奇妙な帽子と口元の布で伺うことは出来ないが、声からしてかなり興奮しているのがわかる。
私はその小柄な主の素顔を見たことはない。
どこに行っても口元の布を外す事はないし、寝るときですら頭には違う布を巻き顔と頭を隠して寝る。
食事も時間をずらして食べているのか、彼(言葉遣いや行動から多分男だと思う)は食事をしている所すら見た事がない。
「なんすか旦那・・・・・・いきなり・・・・・・」
そう戸惑いの声を上げるのは浅黒く日焼けした大男だ、名前はゴットンと言うらしい。
おそらく人が見れば十人が十人「コイツは盗賊だ」と言うような風貌をしている。
聞いた話だと本当に盗賊で頭だったとか。
だが彼らは私に対して親しく声を掛けてくる。
私が『奴隷』であるのに、だ。
ゴットンは父の様に(私は生まれた時から奴隷だったので父という存在はわからないが)ミーシャは親しい友人の様に。
本当に不思議な人達だ。
私は奴隷としては若すぎて非力で、なおかつ『ダークエルフ』は嫌われているのだから。
「目の前に温泉が湧いてるのに入らない手は無いだろう! 常識的に考えて!!」
主が熱弁を振るう。
一応、奴隷として最低限の常識は教え込まれた私だが、湧いてる湯には入らないといけないのが普通なのだろうか?
「そんな常識ねーよ! こんな場所で丸腰になるヤツいませんぜ!?」
ゴットンが反論する。
どうやらそんな常識はないらしい。
「だいたいあんな高温の湯にどうやって入るんすか!」
ゴットンの指差す先には湯気が上がっている場所が見えた、どうやらあそこから湧いているらしい。
誤って転落すれば間違いなく茹で上がってしまう。
「誰が源泉にそのまま入るって言ったよ! あっちだあっち」
主は反対側を指差す。
そこには川があった。
どうやら源泉から溢れ出た湯は下流に流れて行き、近くの川と合流しているようだ。
合流地点には湯の溜まったくぼみがあり、そこでちょうどいい温度になっている。
くぼみの付近には数本の木が生えていて、木々の間には布が巻かれていた。
「更衣室も準備済みだ」
主がサムズアップしてこちらを見ている。
「いつの間に・・・・・・」
ゴットンは呆れた様な、感心した様な顔でソレを見ていた。
「と言う訳で、ゴットンは見張り、俺とニャルは入浴! 後で交代だ」
主は意気揚々とそう宣言した。
(・・・・・・・っ!?)
「だ、旦那? ニャルは女なんですが・・・・・・」
「うん? そうだぞ? まぁ先に入ってるからすぐ来いよ!」
そう言うと主は布の向こう側に走って行った。
「・・・・・・・!」
私は慌ててそれを追いかける。
主の命令なのだ、奴隷の私にはそれを拒む権利はない。
さっきドラゴンを倒した程の人物で、もし機嫌を損ねれば殺されてしまうかもしれない。
いくらあんなに優しく接して来た彼らでも男性なのだ、奴隷に裸になれと言っているのに目的はひとつしかない。
裸を見られるのは嫌だし、ひどい辱しめを受けるかもしれない。
でもそれは奴隷として、女として生まれたからには覚悟を決めていた。
私は布で囲まれた空間に入ると恐る恐る服を脱ぎ、主のもとへの一歩を踏み出した。
そこには小柄な男性が居るはずだ、そう思い外に出る。
そう居るはずだった。
そこには・・・・・・。
「?」
そこには『男』は居なかった。
代わりにそこには少女が居た。
黒髪の少女が湯に気持ち良さそうに浸かっている。
「????」
私は自分の主を探した、確かにここに来たはずだ。
彼女は先客で主はどこか物陰にでもいるのだとそう思った。
しかし、私の思いは大きく外れることになる。
「なにつっ立ってんだよニャル、いい感じの湯加減だぞ〜」
聞きなれた主の声。
普段は布で覆われた口からのくぐもった声だが、今は綺麗な声が私の耳に届く。
「?」
私は声の方を見るがそこには先ほどの少女しか居ない。
少女は不思議そうな目でこちらを見ている。
まさか・・・・・・そんな訳はない。
主が女性であるなど信じられない。
言動も男っぽく、ちょっと、いやかなり荒っぽい主がそんなはずは・・・・・・。
「おーい? どうした?」
目の前の少女は不思議そうな目をしながら。
・・・・・・間違いなく主の声で話しかけてくる。
「・・・・・・・・・・・」
私が思考を停止させていると背後から声が掛かった。
「旦那〜、混浴なら俺も・・・・・・・あれ?」
ゴットンだった。
彼は私と少女を交互に見たあと。
「な、なぁニャル? 旦那はどこだ?」
私は恐る恐る少女を見る。
ゴットンも少女を見る。
そこには顔を真っ赤にして口をパクパクさせる少女が居た。
そして・・・・・・・。
「て・・・・・・」
「て?」
「テメェは見張りだっつただろうがああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
「だ、だん? えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!????」
少女の怒号とゴットンの絶叫が空に溶けていったのだった。
私は思う。
(あぁ、彼女は主だ・・・・・・)
と。
そして彼女の瞳が吸い込まれる様な漆黒だった事を思い出して恐怖するのはまた後の話になる。
13.10.17 誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。




