第二十二話「VSドラゴン」
そして三日後。
俺たちはクレイジードラゴンのテリトリーへと進んでいた。
あたりは草原だがところどころに大きな岩が転がっていたり草が生い茂っていたりする。
「だ、旦那ぁ、本当に大丈夫なのか?」
「まぁ見てろ。それよりもその荷物は絶対に落とすなよ」
俺の後ろをゴットンがおっかなびっくり付いてくる。
ゴットンは腕に木箱を一つ、背中にも二つほど背負っている。
「なんですこれ? 秘策ってやつですかい?」
腕の木箱の中では透明な液体が入った瓶がかちゃかちゃと音を立てている。
「旦那、少しは教えて欲しいんですがねぇ。
わざわざあんなくっさい石ころを採ってこさせたと思ったら肥溜めなんかには通うわ酒は山ほど買ってこさせるわ。鍛冶屋からは屑鉄の粉なんかとってくるわ。
しまいにゃ宿賃すら全部使い果たしてギルドの待合ソファで夜を過ごすことになるし、おかげで背中はバッキバキですぜ?
旦那はギルドの魔法研究室を借りて出てこなくなるし。
大変だったんですぜ? 異臭騒ぎとか起きたりしましたし。
・・・・・・なあ、ニャル、お前一緒に部屋に入ってっただろう? 何してたんだよ?」
ギルド支部の待合で夜を過ごした事に文句たらたらのうえ、さらに重労働で口がマシンガンな男である。
ゴットンの問いかけにニャルは黙って首を横に振る。
「なあにただの実験だよ、合図したら指示した通りに着火してくれ」
そうこれからドラゴンに行うのは実験だ。
別にゴットンが持ってるモノがドラゴンを倒す為に必要なアイテムとかではない、どちらかといえば攻撃というより陽動に使うつもりでもある。
言い切ってしまえば俺の時空魔法でも十分に撃退可能だし、オロチを召喚すれば一瞬で叩き潰せる。
今回それをしないのは時空魔法の使い勝手にもよるし(あまり使いすぎると変な意味で名が広がりすぎる、ギルド所属の冒険者として名が売れるのは良いが、時空魔法が使える規格外だなんて広まれば国とかから目を付けかねられない)。
まあ、オロチは適当に召喚してクレイジードラゴンの相手をさせるつもりだが。
「兎に角だ! クレイジードラゴンは2体、同時に相手するのは得策では無いんだ。そこでこの秘密道具で片方の気を引く、後の一体は俺の相棒がやってくれるさ」
「相棒ってあのちっこい蛇ですかい?」
ゴットン達にはオロチは紹介済みだ。
ただし召喚した時の大きさはそのへんのアオダイショウ程度の大きさでだ、さすがに馬鹿でかい蛇を見せたらショック死しそうだし。
ゴットンが言葉を続けようとした時だった。
「グゴアアアアァァァァァ!!!!!!」
とてつもない咆吼が辺りを支配する。
「ほ〜ら、おいでなすった!!」
俺たちは急いで近くの大きな岩陰へと逃げ込んだ。
岩陰から伺うと2頭のドラゴンがお互い牽制し合っている。
一頭は既に角が折れ満身創痍の状態だ。
オロチの全長を見慣れているからだろうか、あまり大きくは思えないがそれでも10メートル超の体を持つドラゴンだ、その迫力には気圧されるものがある。
赤黒いウロコに覆われた体とまるで大木の様な四脚を持ち、瞬発力と跳躍力でお互いが牽制し合っている。
しかし片方のドラゴンが押されている状態なのでその均衡も風前の灯火だ。
「あれは確かに化け物だなぁ」
おそらくあの前足で一撃をくらえば人間などバラバラにされてしまうだろう。
そんな事を考えていると・・・・・・。
ガチンッ!ガチンッ!
クレイジードラゴンは激しく牙を鳴らし始めた・・・・・・そして。
ゴォウッ!!
クレイジードラゴンの口から勢いよく炎のブレスが放たれ辺りを燃やす。
「なるほど、あれなら魔力は関係ないだろうな」
おそらく牙を打ち合わせる事で火打石と同じ効果を生んでいるのだろう。
そして口から可燃性のガスか何かを吐き出すのだろう。
それを確認すると俺は岩陰から飛び出し走り出していた。
(片方が満身創痍なのは好都合! 叩ける方から叩くべし!)
俺は身体強化魔法を駆使し走る、早く、さらに早く!
今にも倒れそうなドラゴンに向かって全力で走り寄り、思い切り地面を踏み切った・・・・・・そして。
ゴキャッ!!
体重を倍加し、脚力と硬度を増した蹴りはドラゴンの頭蓋骨を突き破り側頭部に深々と突き刺さっていた。
「ゴァッ!!?」
「おっと」
おそらくもう一体との戦闘で頭蓋骨にダメージを負っていたのだろう、予想外の効果に少し焦ってしまう。
(あちゃぁ、オロチに相手させるヤツが居なくなったな・・・・・・・)
おそらく脳を貫いたであろう足をすぐさま引っこ抜くとその勢いを使ってかかと落としを脳天に食らわせる。
重さと速度の付いたその一撃に一体のクレイジードラゴンはなすすべなく地面に叩きつけられていた。
ドラゴンを踏み台にして飛び上がった俺は懐から瓶詰めの液体を取り出していた。
瓶の中の液体は蒸留して作ったアルコールだ、所謂『火炎瓶』である。
ビンの口には適当な布を突っ込んである、ちなみにゴットンが抱えていたのと同じだ。
俺は魔法で点火するとそれをもう一体のドラゴンの顔面に投げつけた。
パリンという音と共に火の付いたアルコールがドラゴンの顔面を覆う。
「ゴアアアアァァ!」
ドラゴンは突然の事に首を振って火を消そうとしていた。
「ふっ!」
俺は地面に着地すると一目散に走り出す。
相手はドラゴンでしかも炎を吐く、あの程度の攻撃では目くらましに過ぎないだろう。
「グワァアアアァァア!!」
後ろからドラゴンの咆吼が聞こえる。
肩口に振り向いてみると目を真っ赤にしたドラゴンが追いかけて来ていた。
明らかにお怒りである、それはもう大激怒だ。
いきなりしゃしゃり出てきたヤツにライバルを倒され、顔に液体をかけられた上燃やされた。
怒らない方がおかしい、誰だって怒る、俺だって怒る。
俺は走る、目指すはゴットン達が隠れる大岩の手前。
後ろからは轟音とともにドラゴンが追いかけてくる。
魔法による強化でかなり早く走れる俺でもドラゴンの方が早いらしい、少しずつだが距離が縮んでいるのがわかる。
大岩の前に到着し俺は追ってくるドラゴンに振り向く。
ドラゴンは勢いを止める事なくこちらに突っ込んでくる。
「『カット』!」
俺はドラゴンの足元を魔法で消した。
勢いの付いた巨体。踏むはずだった地点に無い地面。
もともと羽の無い種族のクレイジードラゴンはなすすべ無く地面に落ちていった。
「ゴットン今だ!」
「応っ!!」
俺の合図とともに岩陰から躍り出たゴットンは穴の中で怒り狂うドラゴンに向かって木箱を一つ投げた。
中には鍛冶屋からもらってきた酸化鉄の粉末とニャルの変化魔法で取り出したアルミニウムの粉末が詰まっている。
焼夷弾つまり『テルミット』である。
酸化鉄とアルミ二ウムのそれは添加すれば超高温を発しあらゆる物を燃やし尽くすだろう。
ゴットンの火魔法と一緒に投下した火炎瓶によって着火したそれは超高温の雨をドラゴンに浴びせかける。
しかし、それすらドラゴンの耐火性能の前には怯ませる程度の威力しか無かった様だ。
穴の中ではドラゴンが暴れ続けている。
「本当に化け物だな・・・・・・」
俺は次の道具を箱から取り出していた。
ゴットンの言っていた黄色い石『硫黄』、それからニャルが手に入れてきた『木炭』、そして肥溜めから抽出した『硝石』。
これらを配合する事で作り出せる火薬、『黒色火薬』である。
日本の戦国時代に鉄砲の火薬として利用されていたそれは比較的入手可能な素材からこの世界で最初に思いついたの兵器だった。
案外簡単に火炎瓶とテルミットが作れてしまったので少しアレだが。
「ゴアアアアアァァァアァ!」
穴の中のドラゴンが大きな口をさらに大きく開けて吼えた時。
「今だ!」
俺は火薬の詰まった包みから伸びる導火線に火を付けドラゴンの口の中に投げ込んだ。
「ゴアァッ!?」
いきなり口内に飛び込んで来たソレを飲み込んだドラゴンが急いで吐き出そうとする。
そこで俺は一つの事を思い出した。
もし想像の通りにドラゴンの体内に可燃性のガスかそれに準じる物質の詰まった器官があったなら・・・・・・・。
「ゴットン! 岩陰に隠れるぞ!!!」
俺は呆然と穴の中を見るゴットンに飛び掛り岩陰に転がり込んだ。
とてつもない爆音と衝撃波が周囲を襲ったのはそのすぐ後だった。




